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ばっくとぅとっぷ


ニューヨーク・空母イントレピッドその1 5月19日(火)



 ニューヨークでの最初の目標は、ハドソン川に浮かぶ空母イントレピッド。数年前に改修工事のために出港しようとしたところ座礁した、などというニュースもありましたが、昨年秋に回収を終了、今は元の位置に戻っています。その場所は86番埠頭、46th Streetを西に行くバスに乗って、川につきあたるところまで行けばOK。大物艦艇の中ではもっともアクセスは容易。アメリカには行くけどはるばる辺境まで出撃するだけの時間の余裕がないんじゃー、という方は、これかフィラデルフィアの戦艦ニュージャージーあたりが手頃かと。



 川沿いの公園、ドッグランもあるようなところに鎮座するイントレピッド。



 街中ということもあり、飛行甲板の周りは派手なトリコロールの幕で囲まれています。



 艦首。ホーネットとの違いは艦首の突起。



 入り口と艦への階段。さすがに街中に置いてある艦だけあって、こういう付属施設はずいぶん立派。そして街中にあるだけにセキュリティーチェックもあります。ホーネットやマサチューセッツがノーチェックだったのは、やっぱり立地とそれに由来する客の少なさによるようですね。



 例によって格納庫甲板から突入。



 内部は展示パネルなどが多数設置されているほか、外への出口が硝子戸で封鎖されているなど、空母そのものを丸ごと置いてあったホーネットよりは、より博物館の入れ物としての側面が強い感じ。まあ、マンハッタンに堂々と置いておくためには仕方のないことかもしれません。 …そして、そういった展示努力の甲斐もあってか、平日昼間ですが客の数はかなり多め。つまり写真は撮りにくいという(苦笑)。



 格納庫甲板より、マンハッタンの西はずれを南に。





 開放されている居住区は艦首のこのあたり程度。若手士官の寝室や一般士官の部屋など。



 この映写室は後付けなんじゃいかなあと。説明もなかったですし。



 Mk.10 光学着艦装置、通称ミートボール。随分と毒々しい色の肉球ではあります。



 着艦発艦といえばこれ、踊る整備兵。




 ここから艦内椅子展示コーナー。ごく普通の椅子から航空機のMk.5脱出シート、出撃待機室のちょっといい椅子、歯医者の椅子や、



 艦と艦の間に渡したロープを伝わせて、洋上での人員の移動に使われたハイライン・チェアーまで。これは… 乗りたくない交通機関であります。絶対落ちたやつとかいそうですが、そういうときはカッターかなんかで救出に行くんでしょう。 ……じゃあ最初から内火艇なりカッターなり使って連絡しろと思わないでもない(笑)。




 TBM-3E アベンジャー。TBFとして語られることが多いですが、米海軍ではよくあったことで生産者が違う場合、新たな記号が与えられています。ということでGMの子会社が生産した機体なのでTBM。



 Mk.13 航空魚雷。太くて長くて黒光りする奴。



 アベンジャーのガンターレット。



 エリコン20mm機銃。フィリピン沖で特攻機が直撃した銃座のものだとか。



 そう、この艦には44年10月30日と11月25日、さらには翌年3月と4月にも特攻機に突っ込まれていながら無事生き延びてるんですよね。ということで特攻関連の展示も。 …それだけの数の特攻機が突入しても、このクラスの艦(+アメリカのダメコンシステム)相手だとそうそう撃沈には至らず、またこのクラスの艦を沈めないことには戦局なんてひっくり返らないわけで、やはり取るべき手段ではなかったように思われてしまいます。
 だからって通常攻撃、あるいは何か新しい斬新な戦法が開発されたとして、その戦法であれ以上の戦果をあげうるのかといわれると当然そんな凄い戦法思い浮かぶわけがなく(私ごときに思い浮かぶならとっくの昔に誰か実践してますわな)、せいぜい「41年(あるいはさらに前)に戻って超我慢しましょう」くらいしか言いようがないのですが。



 FJ-3 フューリー。米海軍初期のジェット戦闘機、FJ-1フューリー… から発展した、かのF-86を見て海軍がさらに逆輸入した機体。というわけで、フューリーで検索して真っ先に出てくるFJ-1とはいろいろ別物です(主翼が直線翼じゃなくて後退翼になってるとか)。

 …え? フューリーで調べたら蛇の目のレシプロ艦戦が出てきた? それはホーカー シーフューリー。 …複葉機? それも蛇の目や。



 アホなことはさておき、サイドエレベーターが下りているのが見えます。これについては後述ということで。



 HUF/UH-25 レトリバー。見ての通り、ヘリです。よってコメントなどできるはずもなく(苦笑)。



 マーキュリーのカプセルのレプリカ。この艦も晩年は宇宙船回収母艦として活動していたようです。



 A-4B スカイホーク。ヴェトナム戦争中にイントレピッドから飛んでた状態でレストア、とあります。



 小高い段上から全体を。ご覧の通り、団体さんが何組も機体前で解説を受けていたので、写真を撮るときにはちょっと忍耐を要しました。



 特に解説もなくぶら下げられるミサイル。



 外のデリックには、さりげなくカプセルを回収してる最中の演出が! ……いや、気づかれないって、これ……



 舷側通路。でも向こうに歩いては移動できません。




 格納庫甲板後半は、このような体験設備とか学習設備が多め。



 厨房設備の一部が取り外して展示されていますが、取り外されてない状態の物も複数見てきてますし、ねえ。



 これはちょっと楽しいかも。信号灯とか伝声管とか。



 艦橋? もどき。



 艦尾まで来て、反対側を戻る。



 爆弾用エレベーター。



 ホーネットにもあったエスカレーター。戦後(52年)の設置とのことで、さすがに太平洋戦争中からあったわけではないと判明。とはいえ、やっぱり緊急時には余分な混乱の元になりそうなことは変わりませんが。そういう時は普通に止めちゃうんでしょうか。




 2006年秋に座礁した時の写真とかのコーナー。率直だ、というかこすってもただでは起きないというか。





 今のマニアからしても一冊手元に置いておきたいくらい写真・イラスト充実の航空機・艦船識別用資料集。こういうところが最強の原動力だったのでしょう。

 ここでひと区切り。次は艦橋に登ってから飛行甲板に出ます。

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