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ばっくとぅとっぷ

今日の清掃日記 5月31日(木)


 昨日に引き続き清掃続行。まあ、こんなものか。

今日の掃除日記 5月30日(水)


 いい加減部屋における身動きの余地が絶無になってきたので掃除を開始する。 …が、帰ってからの一日では終わるはずもなく。明日も続行。

今日の豪雷日記 5月29日(火)


 日中、雷鳴轟く。真首都各地に落ちたとか落ちないとか。続いて豪雨。 …私が飯を食いに外に出ている間だけ、な。

今日の反動日記 5月28日(月)


 東京出撃&即売会の翌日は… もう、齢なので… ぷしゅー。

今日の例大祭日記 5月26日(土)


 例大祭。神主ご本人がおられなかった影響なのかどうなのか、なんか結構快適に動き回れた、ような。なお合唱までには会場を離脱して、皆さんが歌っておられる時間帯には既に京へ向かうべく品川に進出していました。 …え? 嫌だなあ。別に歌いたくなかったからさっさと撤収したわけではないですよ? いくらあんなしょーもない誰得自己満足企画アホちゃうかとか思っていてもそういうわけではないですって。ただ清盛の保元の乱回(地上波本放送)に間に合いたかっただけで。

 その保元の乱。文字通り相手を串刺しにする機動戦士タメトモのビームアロー(他の連中と効果音が違ったような)、画面狭しと現れる大鎧軍団、理想的なやられ役の美学を見せつける悪左府殿とそれを好アシストする鸚鵡、最後の最後に見せ場を得る(やっぱり情けない動作なんだけどそれがまたいい)為義、悪役っぽく覚醒して煽りまくる信西。いや、実にいい回でした。久しぶりに「大河の合戦」を見た、というか。合唱参加を諦めてまで見た甲斐はあったで(ひつこい)。

今日の横須賀日記 5月26日(土)


 例大祭参加につき関東進出。今回もコミ1に続き、ただビッグサイトに行って帰るだけも悲しいから前の日はどこか首都圏近郊を見て回ろうかなーということで新幹線で午前のうちに。といっても準備すら深夜から適当に初めて急いで終わらせたような体たらくだったので、行き先を決めたのは新幹線の中。そうだ、久しぶりに横須賀にしてみよう。

 というわけで宿(三連続のDMZ水をサービスしているホテル。もはや定宿化)のある蒲田で京急に乗り換え(JR駅と京急駅がかなり離れていることをはじめて知る)、横須賀・汐入駅へ。



 もちろん最初の目標は横須賀軍港クルーズ、ということで汐入桟橋へ。いきなり見えてくるイージス艦! 艦番号からすると米軍のジョン・S・マケインか? 高まる期待! なおクルーズの乗船券は最終便まで全席完売だった模様。

 ……おお、もう……

 いやぁ、大人気だとは聞いていましたがまさかこれほどとは。まあ、最終決断が当日にずれ込んでいた時点で仕方のない話ではありますから次の機会、今度はちゃんと前もって予約して再挑戦ということで。どんよりしてる暇があったら粛々とプランBに移行しましょう。



 プランBは三笠(これはAでも来るつもりだった)と猿島。というわけでまずは三笠へ。大学に入って上京して真っ先にやってきて以来、ですから… 11年振りということになりますか… 随分久しぶりというか、もうそんなに時間がたったのか…



 元帥閣下、最近お色直しされたのでしょうか。なんだかちょっとペンキ塗りたて感があって、こう、風格が…



 艦そのものにしても細部にしても別に説明はいらないですよね。しかし、やっぱり太平洋戦争期の戦艦(ただし米艦)と比べると小柄に思えますね。 …ってウザい言動だ、我ながら。



 乗艦。わりと謎いセンスだと思う小物。 …小物?





 上部構造物。やっぱりその後の艦に比べると色々とシンプル。それにしてもだだっ広い感じがするのは、記念艦化とその後の荒廃、復興で色々取っ払われているせいでしょうか。



 やはり副砲以下はこのスタイルが浪漫があってよろしい。



 砲塔は背負式でもないし艦橋もたかだか2階層、ちまちましたレーダーやアンテナ類もない。ただ、その分マストの存在感は際立ちます。海上要塞としての物々しさや威圧感は少ないものの、均整のとれた船としての美しさはあるよなあ。



 主砲塔。ただしレプリカ、という話も概ね周知の事実でしょう。故に多くは語りません。





 艦橋の色々。



 艦橋の上から。



 おなじみ「日本海海戦の各人立ち位置」。一番前(写真的には奥)が東郷提督、一番左の他より少し下がった位置に秋山参謀。中央が加藤参謀長で右が伊地知艦長。艦のちょうど中央じゃなくてやや左寄りなんですね。指揮とか操艦の関係で艦長が中央に来るからか。



 アンテナ類の代わりでもないけど、ロープ類が渡されまくってるので空中は結構賑やか。



 軍艦お約束のマネキン展示も少数ながら。



 艦内に貼ってあったポスター。ドラマ「坂の上の雲」に使われた石川県の実物大ロケセットへの対抗意識が垣間見える気がします。ドラマは終わったけどまだ公開してるのかなあ、あれ。



 俳句の運搬用なので当然非武装です。





 艦内の調度品とか。



 そして日本艦名物、艦内神社に筥崎宮のお札。「敵国降伏」、いいなあ。今も授与してくんないかなあ(どこと喧嘩するつもりやねんお前)。



 神として祀られている方の髪。




 艦尾、長官公室。フィラデルフィアの巡洋艦オリンピアでもそうでしたが、このような華やかな用途の部屋にも堂々と軽砲が置いてあるのがこの時代の艦ですね。そもそも軍艦にこんなエレガントな部屋が残っているあたりが、まだ軍艦とはいっても徹底して殺伐としていなかった時代の名残というか。



 そんな感じで退艦。「海側に」関係者のものと思われるバイクとかが置いてある軍艦というのも面白いものです。完全にコンクリで固めて保存されてる(軍縮条約の絡みなのでこれはしゃーない)ので別におかしい話でもないといえばないですけど。



 次は三笠のすぐ横から発着している連絡船でかつての要塞島、猿島へ。



 無人島とはいっても三笠からわずか10分、砂浜もある絶好の行楽地でもあり、好天と相まってなかなかの人出。カップル子供連れ若者グループてんこ盛りで、静かに廃墟の雰囲気を楽しむ、というのは(少なくとも行楽シーズンには)難しいのかもしれません。 …まあ、別にカップルがいちゃいちゃリア充的活動を行なっていても子供が駆け回っていても最早何も気にせず我が道を征くのみではありますが、バーベキューの匂いが島を覆っていたのには参りました。例によって昼飯も食わずに動き回っている身に肉の焼ける香りはきつい(笑)。





 とはいえ、やっぱり切通しの通路とそこに点在する煉瓦の弾薬庫跡や兵舎跡群が醸し出す空気はなかなかのもの。



 この展望台っぽいのはさすがに後世のもの、かな?





 ボルトの残る砲台跡。



 洞窟とうーみー。



 奥にコスプレ撮影会をしている人達がいました(作品は不明、女性)が、そんなの一切気にせず走り回る子供たちに翻弄されて苦戦されている様子。大変ですがまあ、この人出だしなあ。





 確かに撮影場所に選びたくなる気持ちはわかりますが。



 残念ながら随分落書きもありますが、岩肌を無理にこすって書いているのが密集しているせいか、遠目に見ると楔形文字かインカかどっかの文字のようにも(笑)。しかし、結構高いとこまで書かれてるけどそこまで無理にせんでもなあ。





 トンネル。なんでも暗いからカップルが手をつなぐので愛のトンネルとか言われてるらしいですが、 …こう、どうなんでしょうね? ちなみに中は蛍光灯ついてたのでそこまで暗くもありませんでした。 ……ほんと、どうなんでしょうね?



 こんな高いところに小さい入口が、さては明治のトマソン… ということはなく、兵舎として利用された横穴の明かり取り。



 到着から1時間後の便に乗るべく駆け足でしたが、これで概ね一周。しかし、私が乗る予定の便の次はもう最終便なのにこれだけの人が乗れるのかなあ(臨時便は適宜出る模様)。



 空には地上の人間たちのおこぼれを狙う鳶の群れが大旋回。時たま急降下を仕掛けていました。



 なお、このヘリは別に急降下して肉をかっさらっていったりはしません。 …ただし、直上空にホバリングの上完全武装の兵士を送り込んできてビールを接収したりはしてました(せんて)。



 ということで三笠に帰還ー。



 ぶらぶら歩いていたら、今日はちょうどお祭りの日なんですね。大通りには屋台も少し出ていたり。



 けれどもせっかくなので早目の夕食に選んだのは横須賀名物ネイビーバーガー。誇らしげに星条旗がぶっ刺さったその名もジョージ・ワシントンバーガー、原子力空母に恥じぬボリュームを誇る豪勢な一品でした。店員さんが金髪白人のお姉さん(かなり可愛い)だったのも相まって気分はもうアメリカン… かと思うと、さっき書いたようにお祭りの日なので店の前を神輿(山車か?)が渡り通りのスピーカーからは祭囃子が流れているのが店内にも聞こえてきているという。もちろん、そういうカオスさこそむしろ大好きなのは言うまでもありません(笑)。



 てか店内にこんなポスターはってある時点で、ですし。

 帰りはちょっと学習して横浜でJRに乗り換えて蒲田に帰還。それでも10円かそこらしか違わないんですね。あとは淡々とサークルチェックをこなして早めに就寝。 …あ、NHKのオウムの番組見てゲ(略連呼してたけどそれはどうでもいいか。

今日の前日日記 5月25日(金)


 例大祭出発前日。なのに家に帰ってからもなんかやる気が出なくて出発準備は日付が変わってから。

 まあ、所詮1泊で持ってくものもテンプレ化されてるから別にいいんですけどね。サークルチェックも明日宿で。

今日の懸賞日記 5月24日(木)


 冬だったかのローソンのけいおん!フェアで当たった澪のタオルマフラーが到着。



 仕方がないとはいえ時期的にどうにも使いようが… いや、使いませんけど、旬の期間でもw

今日の懐古日記 5月23日(水)


 ToHeart発売15周年だとか。 …じゅう、ごねんか… そりゃ、歳も食うわけだ、ははは…

 15年も経ったのに未だマルチ実用化に何の道筋も立ってないような世の不条理を呪いつつ、たまには自分の原点など思い返す日にしましょう。 …はて。思い返したはいいけどあまり今と変わらんな。まったく進歩もしていない。

今日の読書日記 5月22日(火)


 購入:「英国軍艦勇者列伝」。入力したら「英国軍勧誘者列伝」とか出てきましたが、それはそれで一冊出せそうな気がしないでもない(笑)。冗談はさておき、やはり艦は英国よのう。

今日の天変日記 5月21日(月)


 金環日蝕、だったらしい。 …諸事情により見れませんでしたが…  

今日の気温日記 5月20日(日)


・なんか暑い。

・ガンダムUCep5、VITAちゃんにてダウンロード完了。この更新を終えたら見よう。

今日の中日日記 5月19日(土)


・例によって破壊神様から休日の呼び出し。「野球見に行くから10時に京都駅集合な」。 …ってあれ、京都駅ってどこに連れてかれるんだ…?

 

 連れてこられた先はなんと我々縦縞球団応援者にとって日本で最悪の鬼門、ナゴド。ドームが見えているこの時点でその発する瘴気と今までの嫌な思い出の数々がフラッシュバックして足が震えています(笑)。通常のペナント中だったら目的地を聞かされた時点で連れてこようとした馬鹿をぶん殴るレベルで恐怖している球場なわけですが、今日は交流戦期間、対戦カードは中日対西武。 …いや、縦縞球団ファンと鯉ファン(とあとついでに呼ばれた名古屋在住の友人)がなんでわざわざこのカードを… 「野球ならどこでもよかった。ここじゃなかったら広島が候補だったがさすがに遠い」 ……あ、そっすか… 

 …いやまあ、今縦縞球団とか大阪ドームの球団の試合を見にいってもストレスたまるだけの可能性のほうが高いから中立的な立場で見ていられる組み合わせのほうがいいのは確かなんですけどね。悲しいことに。とてもとても悲しいことに。ほんまどないかならんのか特に縦縞の方。ええかげんあかんやろあれ(以下延々愚痴が続きかねないので略)。

 

 なんか破壊神様が錯乱して一番高い内野のS席(一塁側)で見ることに。内野で見るのは初めて。

 

 しかし、ドアラは置いとくとしてあとの二匹のマスコット、立体で動いてるのを見ると、なんというか、けったいな体型、ですね… 特にピンクの方の「こいつ… 動く… の?」感はなんと言ったらいいか。そら機敏に動く系のキモい奴が追加されるわけだなあ。

 

 始球式は板東・ボイルドエッグ・英二でした。 …ちなみに打席に入った高木監督に見事に打たれてましたw

 

「投げ込んだボールが返ってくるかもしれません」

 試合は3-2で中日の勝利。途中までは圧勝ペースだったものの8回中継ぎが乱れてヒヤヒヤしましたが、まあ、あんまりあっさり勝たれると本来の私の立場からすると、ほら、アレなので(笑)。久しぶりの球場での観戦はなかなか楽しかったですが、詳しく語りだすと結局某球団に対する愚痴に帰着しそうな気もするのでやめておきましょう(笑… えなくなってきてるしなあ)。

 野球観戦後はもう一人世界的自動車メーカーの城下町に住んでる友人も合流して名古屋駅の近くで焼肉食って帰宅。実は球場に向かう前に名古屋のとらのあなで竹箒の新刊も確保してたりしつつ。そういえばこれで今月は第1週・元京北町、第2週・琵琶湖、第3週、名古屋で第4週に例大祭で東京に行く予定ということになるんですね。なんだこのある種の規則性がある(近くから遠くに)日程は。

・BSで放送してたロサンゼルスのミクさんライブ見る。確かにここまですごいとマジ天使であるなあ。

今日の限界日記 5月18日(金)


 部屋が。そろそろ人間の住める状態ではなくなってきている…

今日の交流日記 5月16日(水)


 馬鹿な… もう交流戦開幕時期だと…!?

今日の不動日記 5月15日(火)


 ゲームすらしとらん。

今日の無動日記 5月14日(月)


 ゲームしかしとらん。

今日の適当日記 5月12日(土)


 図書館行ったくらいであとは更新。適当な休日である。にしてもここ数日寒いなあ。ベッドの横、壁との間に蹴りだしたままほったらかしにしていた毛布を片付けてなかったことに感謝する日が来るとは(ちゃんとしまえよ)。

今日の湖畔日記 5月11日(金)


 今日も琵琶湖方面で作戦。それにより帰宅が遅れたため更新不能。残念なことでした(あまりそう思ってなさそうな発言)。

今日の朽縄日記 5月10日(木)


 終日強風、冷涼。その中所用により琵琶湖方面に出動す。湖岸の農道を走っている最中に70センチ程度の蛇が道を横切るのを見かけ、さらに休憩した公園でベンチに座っててふと足元を見たら20センチ弱の小蛇が小さいなりに鎌首をもたげてこちらを見ているのに気づく。そういや去年蛇を見た日も風が強い日だった(一度は台風襲来直前の自宅ベランダ、もう一度は鳥取城にて)ような気がしますが、なんか関係あるんですかねえ。まあ、元々蛇は水神でもあるしむしろ風自体よりそれを呼ぶ低気圧の方に関わりがあるのか。 …いやまて、そういや蛇と風の両方に関係ある奴がおったな、早苗さん。ああ、なるほど、そういうことか。

 …などと妙な納得を得て真首都に戻りましたが特に意味も根拠もありません。しかし、1日に2匹も見かけるのは珍しいなあ。というかむしろ初めてなんじゃないか(動物園などは除く)。

今日の電波日記 5月9日(水)


 すべてのブルーシートが赤とか紫みたいな他のきつい色になってるような並行世界に放り込まれたらどれくらいの違和感を感じるものだろうかとか、ふと窓から見えるでっかいビルの工事現場を見て思う。それはもはやブルーシートではないという点はおいといて。

今日の時空日記 5月8日(火)


 タイムスクープハンター見てたら「物売るってレベルじゃねーぞ」という台詞が飛び出してきて思わず笑う。正確にはレベルじゃなくて程度、でしたが、しかしわざわざテロップで程度(レベル)とふりがなしてたのでやっぱりあの名言そのものでしょう。やっぱあの番組侮れんわ…

今日の返信日記 5月7日(月)


 メールフォームよりmaroさん、ありがとうございます。

佐野まで来ておられたのですか、もっと早くに気づいていればラーメン屋ご案内いたしましたのですがー(隣街住人

 おお、あのあたりにお住まいなのですね。今回はどこに行くか行き当たりばったりの当日決定でした(笑)。また今度、ある程度予定を立ててそちらにお邪魔する際は、ぜひ。

 ってそういやあそこらへんということは、竜巻、大丈夫でした…? 実際訪れてみて「本当に山がないだだっ広い平地なんだなあ」となどと感じていたのですが、そのことのもたらすある面の意味をまさかたった一週間後に竜巻・突風の大被害という形で見せつけられるとは、思ってもみませんでした…

今日の雨天日記 5月6日(日)


 なんか関東の方は竜巻とかで凄かったようですね。こちらはそこまで派手ではないものの朝方少々雨。昨日のうちに出ておいてよかったと自らの判断を賞賛する一時。 …そんなんで連休最終日を浪費してもなあ…

今日の登城日記 5月5日(土)


 というわけで今日こそは。先日の北関東遠征がぎりぎり4月のうちだったので、5月分の定例城巡りを。今回の目的地は明智光秀が築いた丹波周山城。何年か前までは京北町という山間部の町でしたが、今は合併により京都市右京区になっている地域に存在します。よって京都市内とはいっても交通手段はJRバスで1時間半弱、1000円オーバー。そんな山奥だからバスとかすかすかだろう… と思ってたら、高雄や栂ノ尾を目指す人達で案外いっぱいでさすが連休などと思いつつ(市街を抜けるまでに幸い座れた)、山道をぐねぐね。



 周山に着いたらまず「道の駅 ウッディー京北」へ。ここで縄張り図をもらえます。



 これ。以下、この地図を参考に。



 目的地はあのアンテナの立っている山。 …と言いたいところですが、このアンテナは城からはちょっと外れた行き止まりの尾根にあるもの。まあ、同じ山の一部といえば一部なので、最初に目指すべき方向ということで。



 つっても地図があって町中にも標識や案内板があるので、別に山のほう見なくてもたどり着けるわけですが(笑)。



 登城道は杉林の中。結構きつい城だという話を聞いてきたので覚悟はしていたのですが、途中杉が倒れて道を塞いでいる箇所と路肩が崩れてちょっと気をつけないといけない箇所があっただけで、けっこうすいすいと登れました。ただ、東出曲輪(NHK受信施設のある曲輪)への上り口など、城域に入ってからの各曲輪間にかなりの急勾配がある印象。逆に言えばその地形だけで既にそれなりの防御力があるということか。



 その東出曲輪。いきなり城址碑(ただし小さい)が立ってたりしますが、ここはまだ入口の入口。



 その入口に散乱する石。





 東出曲輪から東曲輪(NHKパラボラアンテナのある曲輪。なお、当然のごとく曲輪の名称は私が便宜上適当につけています。構造的にはシンプルなのでそれでわかるかな、ということで)へ向かう道あたりから、石垣の痕跡がちらほらと。期待が高まります。



 東曲輪。



 もう今更写真にしてみたら何が何だか分からないことを嘆くだけの気力すらないのですが(泣)、綺麗に長方形に低くなって色合いが変わっている地面、おそらく枡形虎口の跡ですね。この虎口は東出曲輪・東曲輪の南下を通るルートが入ってくるのですが、虎口があるということはこの道が大手だったのでしょうか。つまり東出曲輪に直接登る道は本来の登城道ではなかった? それならものすごい急勾配だったのも納得できます。あの道はNHKの施設点検用に作られたもの、かな?(なお、城跡を通る京都一周トレイルの標柱でも下の道が実線、東出曲輪側は点線表記)



 東曲輪から本丸へと至る道。毎度ながら写真では(略ですが、最初に目に飛び込んできた時思わず声を上げた光景でした。今は完全に崩壊してしまっていますが、ひょっとしてこれ、往時は一直線に本丸へとのびる坂道の脇を石垣でがっちり固めていたという壮観な光景だったのでは。そして規模は違えど同じような構造で有名な城といえば… 安土城! この城の方が築城は数年遅い(1579年。「あの事件」までたった3年。実は極めて短い生涯だったのです、この城)ことからして、やはり大いに影響を受けているのでしょうか。そういうことを考えると浪漫が広がります。





 この石垣(というか石)の苔むしかたがいいのです。確かに健在な姿を一目でいいから見たかったという気持ちはあるものの、この風景もにもえもいわれぬ風情が。





 本丸内部。ここも石垣は完全に崩れて石が散乱している状況。ここまで徹底してると人為的な破却の手が入ってるのかな、と思ったりします。まあ、負けた側の城だしなあ。それもただの敗北ではなくアレをやらかしての上だし。





 天守台。ほとんど土塁化している上に四方に穴が開いていますが、元々数箇所に出入口があったのか崩壊によるものかは不明。

 南の曲輪にも枡形虎口の痕跡などが見受けられましたが、本格的に意味不明な写真しか撮れてなかったので割愛。あと東南西だけでなく北の尾根にも曲輪があって石垣の痕跡があるらしいのですが、本丸からだと北側に突入可能っぽい尾根はなさそうだったのでパス… したのですが、地図をゆっくり見てるとどうも本丸直下じゃなくて東曲輪から伸びてる尾根のことだったみたいですね…





 などという後悔を吹き飛ばすこの城の見所その一、西曲輪から南曲輪にかけての山肌にを覆う石垣。見渡す限り、視界一杯に伸びています。思わず山肌を軍手装備のカニ動きで西曲輪から南曲輪下まで歩き(這いずり)きってしまったくらい(笑)。高さ的にはさほどでもない(同じ織豊系の宇佐山城と同程度)ものの、これだけの距離にわたって残っているのは素晴らしい。





 改めて西曲輪へ。この道にも石段と両脇の石垣の痕跡が。



 植林こそされているものの、石が散乱したりしていない分見通しやすいかもしれない西曲輪。数段にわたって削平されています。



 曲輪から右手に降りる道を行った先の井戸跡。





 そして見所その二、西曲輪・小姓丸下の二段の石垣! 南曲輪方面の石垣に比べて高さに振っている感じでこれも見応え充分!(ただし上段と下段を一緒に写真に入れてる一枚目はやや構図のマジックが発動しています。二段とはいってもそれぞれ別の曲輪の石垣ですから)



 石垣遺構はこれで終わりですが、西曲輪から「黒尾山」方面へ延びている道を更に西へ。すると見えてくる大堀切。全山総石垣の近世城郭(の魁)っぽい周山城ですが、このあたりにだけほのかな中世要素。



 大堀切を超えて更に西進。鉄塔の下を通ってずんずん進むと更に一本の大堀切。更に進んだ先には出城的な「土の城」があるとのこと(一番前に載せた町中の案内板参照)。 …ただし特に案内板や碑などはないので、複数あるピークのどこが実際にそうなのかの確定は、なかなか…



 一番西端のピーク。直下にあった京都一周トレイルの標柱に「砦跡」とあったので、ここが有力候補か。



 このピークにあった土塁っぽいの。



 …でも、その前のピークにあったこれのほうがよりわかりやすく土塁っぽいんだよなあ。



 一番城に近いピークも土塁っぽいものは見当たらないものの、切岸っぽい整地がなされてるしなあ。土塁(っぽいもの)と違って後世の植林の都合という可能性もあるけど。

 …とここまで書きましたが、これらの目についたもの全部ひっくるめて出城というか前哨陣地だったという可能性は普通にありますね。もちろんその逆で全部ハズレという可能性も、ですけど(笑)。二本の大堀切の間にもそれなりの距離が開いていることを考えると、本命は「砦跡」としてその間のピークもつなぎとしてある程度の防御が施されていた、と考えておきたいと思います。しかし、そうなると東に比べて西の防御がかなり重視されている感じに思えます(土の城であったのは存続期間3年という短さ故、未完だった?)が、山を何個か超えた先が日吉とか園部、八木のあたりになるんですね。当時の交通路を知らないので迂闊な事はいえないのですが、やはり丹波の国人衆(や、他の西の勢力)があのあたりから攻めてきて周山街道から京に抜けられてしまうのを防ぐ意図があったのでしょうか(今の山陰線が通っている、当時でもおそらくメインルートのはずの保津川沿いは本拠地たる亀山城で閉塞か)。もちろん東麓を通る周山街道を掌握するというのがこの城の主目的だとは思いますが。



 そんな感じで主要部に帰還。今度は東曲輪・東出曲輪の下を通る道を通って下山します。



 東出曲輪の斜面。芝生っぽくなってるのは曲輪上にあるNHK施設の安全のための改変、かな? ここも総石垣だったとしたらかなりの高さ、低い土留めの石垣程度もしくは素のままの切岸だったとしてもかなりの角度。



 北尾根同様あとで地図を確認したところ、登山道から分岐した先に出曲輪っぽい印があったのですが、この先の尾根のことかと思います。 …パスしちゃいましたけど。

 下りは一瞬で。合併で編入された丹波国の城ではありますが、現時点においてこの城こそが京都市内最強の城といってしまっていいでしょう。規模的にも、見所的にも… …必要体力や交通費的にも(笑)。

今日の延期日記 5月4日(金)


 天候宜しからずの予報により出撃を一日延期。したわりにはそこまで崩れなかったっぽいが、まあ、一々気に病むまい。

今日の緩衝日記 5月3日(木)


 友人の分の鳥船遺跡を郵送するためのプチプチ(緩衝材:言われんでも知っとる)が家にあるか母に聞いたら、「ああーあるでーいっぱいあるでー」の言葉とともにどかんとでてくる一番でっかいゴミ袋1杯分のプチプチ。 …いくらなんでもとっときすぎや… これが関西のおばちゃんぢからか…

今日の雨天日記 5月2日(水)


 連休いうても雨ならどもならん。

今日の怠惰日記 5月1日(火)


 鳥船遺跡流しながら同人誌読んだりコンセプションしたりしてだらだら。理想的にダメな休息である。