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ばっくとぅとっぷ

今日の決戦日記 12月31日(月)


 昨日一日降り続けた雨も上がり、いよいよ最終日、決戦。この期に及んで上げる声があるとすればそれは鬨の声だけである、ヒャッハー。

 という訳で今年も大暴れして参りました。打撃戦力(英世さん)の壊滅と引き換えに大戦果をえてその日のうちに本拠に帰還。ふう、今年も終わってしまったぜ…

今日の中日日記 12月30日(日)


 コミケ二日目。口にするのも忌まわしい例の事件+終日雨+早朝京浜東北人身事故で停止。なにこの集中攻撃。

 私個人としては今回回る外周が一個だけだったりしたおかげで雨の影響もほとんどなく、いつもどおりの二日目でした。 …いや、いつもどおりというにはちょっと戦力の消耗が激しいな。前回出ていない鬱憤が溜まっているせいか、なんか今回はちょっとタガが外れ気味のような気がする…

 今日は雨なので飲み会には出ず。ホテル近くの銭湯であったまって疲労を取り、決戦に備える。

今日の初日日記 12月29日(土)


 あの忌まわしい夏の事故を超え、あの定番ゼリフを言う資格は今の私にこそあろう。そう、有明よ、私は帰ってきた…!

 …例大祭で5月には来てたから冬コミ以来ってことはないんですけどね。ともあれ、まあ初日だしゆるりと少なめに… と思いきや、なまじミリタリーが初日に来ていて他のジャンルに時間をとられることなく吟味できたせいで気がつけばいきなり予定外に買い込んでいるという。あかん。今回のコミケは荒れる、荒れるでぇ…

 他の戦果は川上稔氏のサークル「川上稔」の本とかアクセル・ワールドのスタッフ本とかあたり。さすがにSAOスタッフ本は無理でした(苦笑)。

 終了後の飲みは☆の東京勢と。6〜7年ぶりに会う人も混じっているのに再開の挨拶からいきなり当時のテンションに戻れるあたり、実に愛すべきバカ共です。新年会の二次会でも会おうぜ(近いなおい)。

今日の刀剣日記 12月28日(金)


 コミケのため東征部隊発向。夏の恨みを晴らすべく例年以上の戦備を整えた、軍勢総勢一人の士気は高い。

 でも東京に行く前にちょっと寄り道。これも夏に行こうとして果たせなかった「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」を開催しているということで、三河は岡崎に。



 岡崎といえば言わずと知れたたぬ… 神君家康公生誕の地にして日本でもっともめんどくさい生物、三河武士の産地。竹千代と思しきこの少年も既にその眼力がめんどくささをアピールしています。ちなみに城の所在地名は「家康が生まれた」からなのか、康生町。家のほうが首チョンパされてどっかに吹き飛んでいるのは国家安康と同じかそれ以上にやばそうな気もしますが、一体いつの時代からこの町名なのでしょうか。





 歴史に名が残っているという意味では重要な城ですが、今あるのは例によって本丸に復元天守と神社、その周辺遺構と公園化した二の丸くらい。江戸時代の普代五万石の小藩らしいこじんまりとした風情です。もちろん往時の規模はこんなものではなく、最近の発掘調査の結果によると日本でも有数の規模の城だったらしいのですが。



 家康を祀る東照宮と本多忠勝を祀る映世神社が合祀・改称された龍城神社。主従の絆は神になったあとも。



 狛犬ならぬ狛龍。ただしなんか隅っこのほうに追いやられていました…



 もうすっかり年の瀬です。



 岡崎城天守。コンクリート製の復元天守ですが、三層のきゅっと締まったスタイルと黒と白のバランスがけっこういい感じ。 …あ、下のほう、なんかいますね。



 というわけで岡崎では岡崎城天守と二の丸跡にある三河武士のやかた家康館の2か所に分散して開催されています。別にどちらから見てもいいのですが、一応天守のほうが第二会場。2階の一角が展示会場となっています。天守内は基本的に撮影禁止ですが、日本刀展(除く原画展示コーナー)以外は撮影可。入り口でミサトさんによる音声案内を借りて入場。



 プログレッシブナイフ・ナイフ型 号「籐花」。なんとダマスカス鋼製。漆黒の地肌に「いかにもエヴァ」な感じがする奇怪な紋様。武器としての実用性を確保するために折りたたみ機能はオミットしたとのこと。 …武器としての実用性っておいw ナイフのナイフ型という点はたぶん苦肉の分類だと思うので気にしないでおきましょう。



 プログレッシブナイフ剣型〈角〉 号「梅花」と〈丸〉 号「櫻花」。両刃の直刀なので、刀身を作るとき、研ぐときのどちらも普通の日本刀とは違う難しさがあったようです。



 全体の形だけではなく刃文も違うように作られています。



 覚醒烈勢面。メンポ… というとニンジャが出て殺すアレになってしまいますが、面頬です。これだけでっかい角があると兜との併用は難しそうですが、そもそも兜なくてもこの迫力を見たら相手は震えて逃げ出しそうな気がします。はよ逃げんと食われそうだし。



 これはミニチュアというか実物大ではないですがエヴァンゲリオン初号機型兜。初号機形、と書いてしょごうきなり、と個人的には読ませたいところ。



 銘・以流星 号「聖鎗剣」。エヴァを直接のモチーフにしたかというとちょっと微妙なところではありますが、隕鉄から鍛えた脇差。一応ロンギヌスの槍が隕鉄でできていたという説(細かくは突っ込まない)からの連想であるらしいです。隕鉄から鍛えた刃物とか、もう浪漫成分100%で最高。これを鍛えた刀匠はこれまでにも隕鉄からの作刀経験があるとのこと。鋼と混ざらないニッケル分が多いのが難しいらしいです。



 手鉾(プログレッシブナイフより) 号「往古至新」。正倉院に残る手鉾をモチーフに制作。途中まで両刃でしかも用途不明のコブがあるなど鍛えるのも研ぐのも難易度高そうな形状ですが、全くの想像ではなく古代に実在した(というか現存する)あたり、現代の人間の厨二力なんて歴史の積み重ねの前ではまさにひよっこだということでしょう。



 そしてこの会場の主、ロンギヌスの槍! 全長332cm、重さ22.2kg。この圧倒的な迫力!





 上で言っちゃいましたが、当然この槍もダマスカス鋼製。製作工程を収めたビデオが会場内で流されていましたが、この螺旋形状を作っているシーンなどはまさに圧巻でした。こんな巨大な鉄の塊を赤熱しているうちにねじり上げていくとか!



 岡崎城天守会場はこれだけ。あとは最上階の展望台にパネルが。



 暫くの間主役を明け渡して隅っこに佇む神君主従。その表情は窺い知れないっていうか顔あらへん。



 第一会場に行く前に城内を散策します。この小さな石碑は「アラモの碑」。なんで岡崎でアラモやねん、と思って解説を見たところ、志賀重昴がテキサス独立戦争アラモの戦いと日本の三州長篠城の戦いがよく似ていることに深い関心を寄せ、建立したとか。「アラモ砦から援兵を求めに友軍のもとに走った青年ボナムと家康公に危急を知らせた鳥居強右衛門の両者に感動し、サンアントニオ市アラモ砦史跡と岡崎公園の地に立てた」とのこと。 …いろいろと突っ込みたいところはありますが、あえては申しますまい。





 このあたりの石垣は見事。他の見所は天守北側の二重の空堀でしょうか。なかなか大規模、かつ急傾斜で、戦国時代の荒々しい雰囲気を少し残しているように思えます。



 ビフォー&アフター。天下人家康公出世ベンチということでどちらの家康とも肩を組んで座ることが可能。あとでどんな目にあっても知らん。



 出世ベンチのあたりから見上げた天守。



 家康産湯の井戸。



 最近はどこの城でもご当地武将によるおもてなし武将隊が結成されていますが、ここには姫隊なんていうのもあるんですね。なんというか全方位対応なんだなあ、最近のご当地歴史エンターテイメント。

 …しかし、江市まつねねは当然ラインナップに入ってくる有名どころとして、濃姫じゃなくて吉乃(生駒。信長側室で信忠と信雄の母)を選ぶあたりがなかなか渋いですね。というか「あいち」戦国姫隊だから美濃出身の濃姫は除外なのか。それ言い出したら江もですが、そっちは多分去年のアレ便乗なんでしょう。そして織田家中メンバーの中に無理やり放り込まれて肩身が狭そうな於大の方。まあ、徳川家中でいうと瀬名さんは出自的にも結末的にも難しいでしょうし、五徳さんは織田家の人でもあるので他のメンツに溶け込みやすいとはいえ評判が…、後年の家康側室の皆さんは後年すぎて、といったところで他にいなそうなのは確かです。

 …え? 尾張出身の堂々たる家康正室? 朝日? …なんのことですか?



 ってなんかちょうどパフォーマンスしたはる。結構テンションたけえ。しかも固定ファンみたいな人がコールかけてる!





 パフォーマンスしてる広場の周りにエヴァのパネルやタペストリーはあるわマトリョーシカ風の家康&四天王のゆるキャラ(残念ながら本当のマトリョーシカとしては売ってなかった。というか兜の前立とかあるから構造的に無理があるか)ののぼりは立ってるわちゃんとした忠勝のいかつい銅像はもちろん立ってるわで広場一帯はわけのわからないことに(笑)。





 当然武将隊だっています。しかもここ岡崎の武将隊は一味違う。なにが違うって普通武将隊ってイケメンを揃えるものなのにここ岡崎の主人公はグレート家康公。おっさ… げふんげふん、史実のイメージに準拠した(わけのわからん表現だが察せよ)配役であるだけでなく、その上でさらにグレート。すげえ。さすが神君生誕の地。スペースの関係から姫隊と武将隊が同時にパフォーマンスをすることはないと思われますが、万が一そんな事態が発生すれば三河岡崎は本格的に混沌の渦に飲み込まれてしまうのではないでしょうか。いや、現時点でもう手遅れか。



 ともあれ、第一会場、三河武士のやかた家康館に。入り口では三人娘がお迎え。女の子に着物に刃物って、いいよね。女の子に着物というだけで基礎点としては満点なのに(京まふまどかとかひだまりスケッチハニカムEDとか大好き)、さらに刃物とくれば特別ボーナス点つきまくり。ああ、刺されたい。



 真希波がいないのは少し残念な等身大フィギュア。



 この家康公の表情。生まれ故郷の城がカオス空間になっていることに対する複雑な心境を表しているようにしか思えません。



 この人も忘れてはいけませんね。関連する作品なかったけど、あの三人と違って。 …まあ、最新イメージでこの人ゆかりの何かをモチーフにするとしたら… ピアノ脇差?(なんやそれ)



 会場に入ってすぐ、マゴロクソード 号「オオムラサキ」がお出迎え。



 ちなみにこっちは「本物」。



 鮮やかな紫の拵えの日本刀とは、新鮮すぎます。解説によると「人が持って使える武器を目指して製作」って、いいのかそれは。



 マゴロクソードの脇差的存在、カウンターソード 号「紫苑」。銃+刀を組み合わせたすごい武器という発想、いかにも厨二的だと思われそうなところですが、ヨーロッパでは結構作られていたり明治日本にもあったりするんですよね。



 柄はレジンキャスト製。でも刀身は相州伝。このアンバランスさというか伝統と最新技術の融合がたまりません。



 セカンドインパクト短刀 号「災禍の真実」。セカンドインパクトをイメージした大幅に乱れる波紋くらいか、特徴は… と思ってよく見るとゼーレの紋章が、そして茎に刻んである日付はセカンドインパクトのその日。さりげないところにネタを混ぜてくるなあ。





 ビゼンオサフネ 号「ビゼンオサフネオオクニマサ」。刀身112.8cm、全長144.2cm。当初の企てでは刀身は4尺を狙っていたとか。これだけのでかさになると、まず研ぎの準備に半日かかるらしいです。



 こっちは刀身30cmくらいのミニチュア、ビゼンオサフネ豆太刀 号「黒き三日月」。ミニチュアですがもちろん切れます。大太刀と刀匠が違うようで、刃文の感じも別物ですね。



 参考出品の備前長船康光。室町前期、嘉吉三年のもの。



 弐号機F型用ATF曲刀 号「雨龍」。大友家が盛んに使用した筑紫薙刀を連想して製作したとのこと。薙刀というか、鉈っぽい(笑)。全体が刃になっていてそこに無骨な取っ手がついてるとか、実にワイルドな魅力があります。研ぎ師の人の自信作。





 真希波マリプラグスーツ仕様短刀 号「茉莉花小町」。マジカルなステッキっぽい色使い。だけど中身はしっかり刃物。それにしても真希波は可愛いなあ。





 弐号機仕様短刀〈式波・プラグスーツ〉 号「火火駒」。ある意味本展示最大最強の問題作。



 なんとプラグスーツ姿のアスカが欄間透しに! すげえ、すげえ技術の無駄遣いだ…

 なお彫刻師の方いわく「周囲からも不可能の声が大きかったのですが、『逃げちゃだめだ!』の精神で(中略)挑戦」



 初号機仕様脇差〈序・破・急〉 号「紫電緑閃」。序・破・急の文字が各所に彫りこんであったりするのですが、直前のアスカのインパクトが強すぎて霞んでしまうのは、まあ、シンちゃんの宿命か(笑)。



 零号機仕様脇差〈龍と槍〉 号「協心丸」。これも一見おとなし目で伝統的な倶利伽羅龍かと思いきや、絡みついているものがナチュラルに狂っているあたりがステキです。



 ちなみに小束つき。



 …ふう。堪能しました。日本刀単体でも見ていて飽きないですし、エヴァに対して抱いている愛着も私の世代なら十分理解していただける(それが一筋縄ではいかない者だという点も含めて)と思いますが、その2つがコラボするとこんなに大胆で斬新な世界ができるとは。でもってこういうヘタしたら鼻で笑われそうな企画にガチで向かい合った職人さんたちにはあらためて敬意を表します。技術の無駄遣い(褒め言葉)最高。



 グッズコーナーにて。この世界一有名な白猫さんほんま仕事を選ばんな…



 エヴァ初号機チョップスティック。箸としては実用性皆無っぽい形状をしていますが、だからってかんざしにはならんよなあ。なんぼなんでも…

 なお、常設展示は写真撮影禁止ですが、ここ家康館にはあの忠勝の名槍蜻蛉切も展示されています。ただし、本物は個人蔵なのでレプリカ。このレプリカ、すなわち展示用のスペアの存在が境界線上のホライゾンにおける蜻蛉スペアの元ネタと… なってるわけはないな、うん。たぶん。 …ないよな?



 館外の土産物屋にて。さっきのイエヤスコウとシテンニョーシカ、細かい設定まであるのな。



 SDキャラ化したグレート家康公と武将隊。



 再確認しておきますとこのおっちゃんがグレート家康公です。念の為に言っておきますと、ともすれば安直な若いにーちゃん起用になりかねない武将隊の中での渋い選択、けっこう評価してたりします。なによりこの笑顔がいい。



 では、そろそろ東京への進路に戻りましょう。最後に復元大手門… だけどけっこう微妙。そもそもここは大手門じゃなくて二の丸七間門があった場所だったりするらしいという時点で微妙。大手門周囲にも堀や石垣がありましたが、これらはどちらかというと岡崎城の復元というよりは岡崎公園の施設の一つっぽく見えました。各地のブログなどを見ていると、そういった事実から近年この門を七間門に解消する動きがある… などとあったのですが、2012年時点の公式サイトだとまだ大手門のままですね。
 あと、駐車場の隅っこに櫓風の建物が見えたので、あーどうせ管理建物かなにかの外見をそれっぽくした模擬建築だろうなーと思ってスルーしたら、実はそれこそが当時の工法で復元された東櫓だったっぽくて泣く。それならそれでちゃんと案内板とか立てようぜ…

 名鉄で豊橋に出て、豊橋からひかり。普段は新幹線なんか京都から東京までのぞみに乗る程度なんですが、豊橋に止まるひかりって2時間に1本しかないんですね。そして1時間早いこだまに乗るよりもひかりのほうがまだ早く品川に着いたりするという。それはさておき新橋でアン中尉さんと合流、コミケ討ち入り飲みを敢行のち蒲田の定宿に着陣、身体を休める。

今日の年納日記 12月27日(木)


 諸事完了、明日の出撃を待つのみ。

今日の接近日記 12月26日(水)


 コミケに向けてそろそろ気もそぞろ。 …そんな時こそ自転車乗るときとか注意しないとな! 夏に痛感したし!

今日の+1日記 12月25日(火)


 三十路になっても日は昇る。

今日の三十日記 12月24日(月)


 奉祝某氏節。立川のロンゲあんちゃんに1982年遅れた残りカスの地上降誕から、実に30年が経過いたしました。某歴30年の始まりの日でございます。クリスマスを意地でも祝いたくない寂しき者ども、天下の中心真首都の方角を向いて祝え。大某氏××万歳! DBE万歳! 

 ……三十路、か…… はは、あはははははは……

 ともあれ、20代最後の一年は今まで経験しなかった(したくもなかった)ことをいろいろと経験した一年でした。区切りがついたところでなにが変わるというわけでもない(身体精神の経年劣化以外は)とは思いますが、まあ、次の一年もそれなりにのらりくらりと生きていければなあと。 ……とは言いながら、やっぱり三十路となると、こう、来るものがあるなあ…… ううむ……

 あ、今日は結局何をしていたのかというと当然のようにNHK-FMの歌う声優三昧聞いてました。アニソン三昧よりカオスだったような気がします(笑)。

今日の散髪日記 12月23日(日)


 散髪。前回行った歴女の美容師さんの店で。他の客もいるのに切腹トークで内臓がはみでるとかそんな話を大声でしていたり、戦国から幕末から明治まで相変わらず歴史ネタをガンガン振ってこられるうちに2時間経ったり。いわゆる「美容院らしい」トークが一切無いどころかこの季節お約束のクリスマストークすら1秒もなかったという。いや、そういうのが苦手だから美容院も苦手なわけで、私にとっては破格の居心地の良さなんですが、この店。なにしろ好きな戦国大名が別所氏だからなあ、この美容師さん。ガチにも程があるわ。

 なお、時々勢い余って特に興味のないおばちゃんのお客さんにも歴史ネタを振って反省することがある模様。 …って大丈夫なのかそれはw

 清盛最終回。うん、いい大河でした。視聴率とか画面が汚いだののどうでもいい話はほうっておくとして、確かにシナリオの展開や演出の面で賛否両論あるということは理解できますが、それでも、私は楽しめました。大河ドラマが毎週楽しみだったのってヘタしたら太平記以来かもしれません。
 来年は同志社関係のゆかいな仲間たちがどれくらい荒ぶるかとかが個人的密かな見所だったりします。といっても中学からエスカレーター勢でもない限りそこまでの思い入れがあるわけでもなさそうですけど、いかに同志社出身者といえども(笑)。

 

 今日のスリガオ海峡。扶桑は魚礁にクラスチェンジしました。

 

 これは自室の別水槽。UCC航空隊のF-2とアベニー・パッファー(淡水フグ)。かわいいけど結構攻撃的なのでこいつらは自室のちょっと小さい水槽に。 …お前短期間に水槽増やしすぎやろ? …自分でもそう思います…

今日の丹波日記 12月22日(土)


 今年最後(除くコミケ)のお出かけ。いままで中途半端な距離にあって優先度も中途半端だったために放置していた福知山、丹波亀山をこの機会に始末します。まずは山陰本線で福知山へ。



 福知山駅のHeart-INにて。時節柄山羊っぽい人もクリスマスモード… ですが、眼だけ赤いとなんか怖い。こう、世界樹の迷宮をうろうろしているような。あれは鹿ですけど。いいんだよ、馬と鹿の区別がつかなかったら大問題だけど鹿と山羊の区別がつかなくても。



 福知山駅から福知山城までは歩いて10〜15分。途中、こんな飛び出し坊やってか飛び出し親父が。いつもいつも全力疾走の上勢い余って溝に落ちたりカメに追突したりキノコにぶち当たったりしている人に注意を促されると、非常な説得力があります。



 市役所前と裁判所前から見た天守。今は影も形もありませんが、かつてはこのあたりも城域(たぶん二の丸)。いや、現在も行政機能が存在している、という意味では土地利用の性質として影くらいはあるといえるのでしょうか。二の丸三の丸あたりに役所やらが建ってるってどこの城もそうだといえばそうですけど。



 というわけで、現在城址公園として残っているのはかつての本丸部分のみ。公園の入口に建っている隅櫓と多聞櫓っぽい建物は佐藤太清記念美術館。



 なかなか面白い角度の橋だなあとか思いつつ。



 塀の直下あたりは積みなおされているのでしょうか。



 本丸に移築された銅門脇番所。城内唯一の現存建築。



 天守。鉄筋コンクリートの外観復元ではありますが、下見板張りの武骨な姿は山国の冬空にマッチした重厚感があります。結構好きな天守の一つだったり。





 この城最大の特徴は天守台石垣を中心に大量に使われた転用石でしょう。うぃきぺによると、発掘等で出てきたその数実に500点。





 多いとは聞いていましたが、「ふんだんに」とかそういう形容詞を使ってもよいレベル。材料不足や工期短縮、神仏の権威や旧権力打倒の象徴、逆に神仏の加護を得るため等理由には諸説あるようですが、どっちにせよここまで固めて積みまくるのはなかなか過激です。どちらかというと織田家中では保守派で常識人的な立ち位置にされることも多い(今はそうでもないのか)光秀ですが、実際のところはラジカル筆頭に近いようなイメージが。そこらへん、むしろ信長のほうこそ常識的だったり我慢強かったりしたんじゃないか、という話も最近ちらほら聞くように思います。



 …ラジカル、だなあ… しかし尼子騒兵衛デザインの光秀とは…
 なお、撮影禁止だったので撮っていませんが、天守内のあちこちに忍たまキャラがいたり映画忍たまのポスターが貼ってあったり、なぜか忍たまづくしでした。福知山と忍たまってなんか関係あるんでしょうか。毎年忍たまにちなんだ武道(忍術?)大会とか開いているようですが。



 井戸。深さ50m、海抜-7mに達するとか。



 天守入口側。



 再建釣鐘門。登城路は後世の改変を受けているとのことですが、この門につながっている階段のことを指すのか天守裏側にぐるっと回る道(順路とされる道)のことを指すのかは不明。



 本丸に建つ朝暉(あさひ)神社。福知山朽木氏初代稙昌の父、朽木稙綱を祀ります。朽木氏といえば小身ながら鎌倉以来の所領を幕末まで守り続けた旧家。福知山に来たのは分家。本家より分家のほうが石高が大きいですが、わりとよくあること、でしょう。



 小天守の瓦についている家紋も朽木氏の四つ目結。光秀が築いたことが売りの福知山城ですが、彼自身の統治はわずか3年。その後城主はころころ入れ替わり、一番長いのは朽木氏でした。



 天守入り口にあった大河光秀誘致運動。光秀は嫌いではないというかむしろ所縁の北山城地域を支配していた関係上かなりの愛着がある武将ですが、そうはいっても大河の主人公にするのは難しいかもなあという気もなきにしも。再来年が戦国の黒官になっちゃいましたし、実現するとしてもまだしばらく先ですかねえ。



 安土城天守から発信され、配下の各軍団に信長からの指令を伝える電波を受信するためのアンテナ。織田軍団の天下布武は宣教師からもたらされた電波通信技術による迅速な情報伝達に支えられていたのです。たぶん。



 小天守。





 

 石垣修理の際に出てきた転用石の一部。五輪塔、宝篋印塔だけでなく石仏まで。





 ほんと、アホみたいな量の石材を徴収したんだなあ…



 本丸下の高石垣。



 下から見た釣鐘門。これで一周したので駅に戻ります。



 市役所にて。これならどこに埋めたかわからなくなることもないでしょう。



 反対側の駅入口の先にはSLが飾ってありましたが、発車時刻が迫っていたので遠くから撮っただけ。



 隣のホームには随分レトロっぽい車両が。たぶん北近畿タンゴ鉄道。



 特急はしだてで亀岡へ。車両はKTR8000形気動車。タンゴディスカバリーとはもう言わなくなったんですね。



 隣町ながら普段は特に来ることもない亀岡市(保津峡駅だけは別:あの駅半分は亀岡市なので)。気がつけばこんなゆるキャラまで誕生しているようです。



 気がつけばこんなキャラも… …ちょっと絵心のある職員さんが頑張って書きました、といった風情がいい味を出しています。いるんじゃないかなあ。



 亀山城の鯱のレプリカ。本物は維新後払い下げられ、京都府医学校(現府立医大)の講堂に乗せられて異彩を放っていたと解説板にありましたが、それは異彩を放つよなあ。というか払い下げを受けた人が講堂新築に際し寄贈って、それ貰ったはいいけど持て余したから押しつけたんじゃあ…



 駅を出てすぐにある水堀。なかなかの幅です。



 亀山城跡は大正時代に大本教が購入、現在は宗教法人大本の本部が置かれています。ただ、城跡の見学は受付でその旨伝えれば特になんの問題もなく可能。他の城跡と違うところは、後述の立入禁止エリアの存在以外は行き交う関係者(信徒)の方々がみんな丁寧に挨拶してこられるくらい。



 会館と道場。さすが歴史のある新興宗教(なんかおかしい)。でかい。



 なぜこんなところにエスペラント碑が… と思いましたが、出口王仁三郎がエスペラントに共鳴して以来、今でも教団がエスペラントの普及活動を行なっているんですね。それで公式サイトにもエスペラント版が… って、日英以外の言語が露葡蒙牙という謎の偏りっぷりを見せているのは布教地域とかもあるでしょうからいいとして、なんでわざわざローマ字版なんてものを…



 三の丸下、今は万祥池と呼ばれる堀跡と石垣。亀山城は明治の廃城の際に破却され、今の石垣は大本教が積み直したもの。



 三の丸跡に建つ万祥殿でお祓いを受けることで中に入れてもらえます。お祓いといっても賽銭箱の前に立って、上からあの白いふさふさしたやつ(紙ではなかったので幣と呼んでいいのかはわからない)を数回振ってもらうだけ。30秒もかかりません。



 万祥殿から2つ目の門の先が本丸入り口。



 天守台が聖地となっているため、ここから先は立ち入り禁止。城の一番高いところ=天守=聖地、という発想は実にわかりやすいですが、「世界の真の中心はこの城の二の丸搦手門左側土塁の中腹なのだ! だからそこを聖地とする!」とか言われてもそれはそれで困りますし、わかりやすいくらいでちょうどいいのでしょう。

 なお、維新まで存在していた天守は今治城から移築された5層天守。廃城前の古写真が残っています(うぃきぺ参照)。幕府がこの城の天守の解体命令を出したところ、間違って「伊勢」亀山城の天守を取り壊しちゃったなんていううっかりさんエピソードがあったり。そりゃそんな前例があったら維新後亀岡に改名するわなあ。



 本丸石垣。この下三段程度が廃城以前から残る唯一の遺構。



 このあたりでしょうか。





 他の部分。谷積みだったり石がやたら小さかったりと違和感はないではありません。とはいえ、そもそも明治の時点で石垣すら半分撤去されていたものを、それも信徒の手で修復しているんですよね。コンクリートにしたり変に目地を埋めたりせずに頑張って復元したという意味ではよくやったほうだと思います。出口王仁三郎自身、この城にかなり愛着があったみたいですし。

 第二次大本教事件では、教団弾圧の一環として城跡に立ち並んでいた神殿などが破壊されましたが、その手段がダイナマイトによる爆破。象徴的な石も日本海に捨てた、ということは石垣も相応のダメージを受けているのでしょうか。どちらにしても第二次大戦の空襲被害を除き、ダイナマイトで爆破されたことのある城というのもこの城くらいな気がします。



 なんとなく撮ってみた南天(推定)。



 内堀跡の一部が菜園に(笑)。



 堀に浮かぶ中の島。今は植物園になっていますが、時期が時期だけになにもない状態。



 一応、外側に対しては土塁が設けられているっぽいですね。

 この時点で2時半過ぎとまだ早いですが、今日はこのあと用事があったので速やかに真首都に撤退。 …ちなみにその用事をこなすべき場所、本能寺のすぐ側だったりします。福知山亀山と光秀縛りできたんだからクライマックスは本能寺じゃーとキメても良かったのですが、そんなことしたらたちまちノブの怒りを買いそう(たとえ寺地が当時と違っても)だったので自粛。 …さて、来年はどんなところに行けるかな。

今日の終焉日記 12月21日(金)


 気がつかないうちになんか終わっていたらしい。まあ、私は昨日時空を超えたことが発覚してるからなあ。こっちの世界ではなにもなくても元いた世界は今頃どうなっていることやら(引っ張るほどの話にあらず)。

今日の異界日記 12月20日(木)


 じつはついこの前、うちから二番目に近くてうちの近所で一番でかいマクドが更地になっていることに気づいたり。で、ほんの数日後の今日たまたま再び前を通りがかったのですが… あれ? 電気ついてるってか建物がある? …でもなんか、前と建物の形がまったく違う、よう、な… でも通りがかったの一週間も前じゃないぞ? あの時は確か更地だったはず…

 はっ! これはまさか、たまにうっかりした人が迷い込んでしまうという別の時空だか世界線だか平行世界!? 馬鹿な、この俺が世界移動の超常現象を体験している、だと…!? リ、リーディングシュタイナーか? それとも時空のおっさんか!? やべえ、家族とか友人とかに過去に体験した出来事とか細かく確認して微妙な差異をあぶりださないと! 前の世界よりも少しでも面白くなりそうなファクターは!(未練とか違和感はあんまりないらしい)

 …いやまあ、多分ずっと前から大規模リニューアル工事をしていて建物は既にできていた、けれどマクドは夜遅くまで電気がついているという先入観ゆえに真っ暗だと建物がないと誤認してしまった、といったあたりが妥当な筋でしょうけど。あの立地と規模で潰れるはずもありえないし。某大学と某高校からチャリで10分圏内だしなあ。

※その後メルマガで普通に当該店舗のリニューアル告知が来てました。めでたしめでたし。

今日の水草日記 12月19日(水)


 

 スリガオ海峡に水草が生えた。

今日の牡蠣日記 12月18日(火)


 牡蠣食えば ノロ当たるなり 運試し(当たってません)

今日の建艦日記 12月17日(月)


 久しぶりにWLシリーズの艦船模型を作ってみたりしました。アオシマの扶桑1944に木甲板シートを貼って。



 …でも完成した瞬間速攻で沈没させてるので、その道の人達に知られたらフルボッコにされかねません(笑)。まあ、これだけ綺麗に沈んでいたら将来宇宙戦艦に改装するときも楽でしょう。そういうわけで塗料は使えなかったり。



 どのみち、色を塗ろうと塗るまいと数ヶ月経ったらこの姫路城のようにコケまみれになってしまうのですが。とりあえずこの水槽のコードネームはスリガオ海峡にしよう。

今日の投票日記 12月16日(日)


 衆院選。投票ののちメロンにカタロム回収へ。選挙の日はそれまでの二週間異様にうるさかったのがピタっと静かになってる雰囲気が好きだったりします。あと静かではあるけれど普段人通りのない住宅街とかを投票に行く親子連れとかが結構歩いてるのも。

 あと、投票所でどう見ても中学生くらいにしか見えない女の子が投票しました。某大学のウィンドブレーカー着てたっぽいので大学生なんでしょうけど。とりあえず合法ロリばんざい。

今日の空振日記 12月15日(土)


 夕方、メロンにカタロムを買いに行ったけれど何故か入荷遅れ。明日もう一度。

 

今日の暴走日記 12月14日(金)


 ほんと金のかかる趣味しかないな、俺… 趣味って基本的に金がかかるものではあるけれど。

今日の軍歌日記 12月13日(木)


 ガルパン。雪の進軍が歌われた漫画・アニメはたぶんあ〜る以来!  カチューシャやらコサックダンスやらとともにキャラソンCDという名の軍歌CDが早く出ることを祈ってやみません。

 しかし、飛行機とか軍艦なら「スペック上圧倒的に格下がうまいことやって勝つ」にそこまで違和感を感じないのに、戦車でやられると妙な違和感があるのは何故でしょう。ドイツ様とか仏ソ相手に普通にやってのけてるのに(逆に末期にはヤンキーにやられてる:ただしヤンキーは別の次元でチート)。
 いやまあ、基本的に自分の入り口が日本の海だったから、でしょうけどね。陸に目を向けだしたのは少し遅かったですし。逆に欧州の陸からはいった人だとまた違う、のでしょうか。固定観念って抜けないものであるなあ。

今日の買物日記 12月9日(日)


 珍しく商店街の店で買物。別に上でも書いた統一セールだからというわけでもないですが、色々買って20枚ほどスクラッチに挑戦。 …けれどカイロしか当たらなかったという…

今日の売却日記 12月8日(土)


 溜まりに溜まったエロゲーを売却。数えてみたら27本。もう何年も前になりますが四条のソフマップが閉店して以来、売りにいける場所が京都駅しかないからつい溜まってしまうんですよね。そのくせ京都駅はビックカメラとイオンモールのソフマップと、買取カウンターが2つあったりしますが。なんという非効率な。

 で、数が数だけに売りさばいたら6万円くらいになったという。ありがたい臨時収入… だけど冬コミで速攻融けるよなあ、ヘタすりゃ初日でw

今日の振出日記 12月7日(金)


♪大きなことから小さいことまでふっとばす力だちゃぶ台が〜えし〜♪

今日の返信日記 12月2日(日)


 メールフォームより、アナーキャさん。ありがとうございます。

上田&小諸&甲府旅行記拝見しました。
 小諸は父方の墓がある関係でよく行くのですが、 ああなったのはホントに今年から突然です。
 以前は一時滞在してた島崎藤村と高浜虚子を看板に 文学と詩の街、みたいな文句で売り出してたんですよ。 私も今年訪問してるんですが、その変貌振りに正直驚きました。
 個人的にはギター弾きながらガード下で詩を書いた色紙を売ってた少女が、 夏休みが終わって会って見たら、この間コミケで10万つかいましたと 笑顔で報告してくるのに出あったような衝撃、という感じでしょうか(笑)…。
 上田も…5年くらい行ってませんでしたが、エライ事になってますねえ…


 小諸は元ネタのアニメが今年の1月くらいのものなので、まさに今年からですね。ここ数年はその街が舞台だと明示しているものも特に明示せず背景素材として使っているものも含めてあっちゃこっちゃの地方都市が大変なことになっているようです。
 私自身はわりかし面白がって乗ってるところがあるのですが、最近の3ヶ月かせいぜい半年しか放映しないアニメにそこまで全力で乗っかって、放映終了後のこともどれくらい考えてるのかと思ったりするところもあります。小諸はその点結構息が長いですね。 …いいのか悪いのかはよくわかりませんが(笑)。

 上田もなかなか濃い町でした。古典的イメージと最近のゲーム由来のイメージとゲーム由来ですらない萌え化イメージが全部存在しているというのも恐ろしいです(笑)。

今日の師走日記 12月1日(土)


 12月になった途端に忘年会。面倒な話である。

 …というか、12月ですか。 …三十路までのカウントダウン、ついに始まる…