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ばっくとぅとっぷ

今日の記念日記 7月28日(日)


 艦これ、三隈、衣笠が出て現時点での全艦艇集結。ふはははははは。

 …まあ、4日後にはイベントが始まって新レア艦娘を探しまわる日々に逆戻りなんですけどね。おとなしく資源を備蓄しよう、うん。

今日の風蹴日記 7月27日(土)


 風立ちぬを観に行く。すでに各地で言われていますが、第一の感想としては「あのおっちゃんのやりたいこと全開だよなあ」あたりでしょうか。もう飛行機は出るわ鳳翔さんは出るわ湾曲煙突長門は出るわで。お陰様で私のようなアレな趣味の人にとっては大変いい映画だと思います。 …が、子供が見ても理解できるとか画面を見て楽しめるかというと… ねえ。でもってジブリでありますからして子供連れがいっぱいおったわけで、なんというか、パヤオ渾身の壮大な罠だなあといった気も(笑:子供連れも多かったけど年配の人も結構いたような印象。まあ、普段見てるのがアレなアニメ映画ばっかりだから認識が狂ってるからかもしれませんが)。
 シナリオ的にも半分くらい夢のなかみたいな話だったりしてなんかフワフワしているような、でも背景には濃厚に死の香りが漂っていて不安になるようなで不思議な感じでした。二郎の性格もよく考えたら結構アレなのですが… …まあ、実在のマーリン堀越閣下と比べたら格段にマイルドだしなあ。というか、実在の航空機設計者って大概人格破綻者しかいないような気もするけれど(笑)。庵野声は… 絶望的にひどいということはなかったけれど大絶賛というほどでもなく、かつ周期的にあのCMを思い出してつい笑ってしまう、といった感じ。

 ともあれ、前述のとおり一般の評判がどうなろうとも我々のようなちょっとアレな人にとっては感涙モノのシーンだらけだと思います。九試単戦かっこよすぎ。鳳翔の起倒式煙突最高。

 映画の後は破壊神様と合流してウェストキャピタルアルティメットスタジアムで屈強な男たちがタマを足でいじくりまわして目標物にブチ込み快感を得るスポーツの京都坊さん仲間団対九州の盟主戦…… もとい、西京極スタジアムでJ2京都サンガ対アビスパ福岡戦。サッカーはこれが初観戦。ゴールに近いホーム自由席(いわゆる「ゴル裏」とは逆サイド)に陣取ったのですが、やはりテレビ中継とは見え方がぜんぜん違うのが面白かったです。角度とか。やっぱり野球よりはグラウンドに近い感じがするなあという気がしたのも面白い点でした。西京極はJリーグの中でも残念な球場の一つっぽいわけで、しっかりとした専用スタジアムで見たらもっとすごい、のかもしれませんが。
 試合は2-1で京都勝利。正直、これまでサッカーを見に来なかったのは「一試合の勝ち負けが野球に比べて格段に重い」ように感じていたからなので、これで次も機会があれば来ようと思うものです。よかったよかった。

今日の記念日記 7月26日(金)


 人生最大の衝撃(物理)、交通事故背骨骨折事件から丸一年が経った7月第4金曜日。あの時はこれでもうダメかと思いましたが、なんやかんやで持ち直して無事生きていることに感謝。 …腰痛は、まあ、元からの持病だしなあ。多少、あのあとポキポキと音がなるようになったりはしているけど(笑)。

 …ま、あそこで1機減ったと思って貴重な残機をこれ以上失わないように生きていきます。

今日の爆増日記 7月25日(木)


 信じて送りだした幻想郷の東方厨が(中略)鎮守府に着任しました×2。

 …別にミリタリーとか興味のない友人が相次いで提督に。 …今までもわかってたけどやっぱり確信した。このゲーム、本物なんだなあ…

今日の選挙日記 7月21日(日)


 選挙。結果の感想とか投票先とかについては言わないのがマナーであり保身であると思うのでそのようにしますが、今回はじめて出口調査に引っかかりました。10チャンネル(関西基準)の。
 ああいうのって「8時台の当確祭りはなんかヤだからせいぜい適当に書いて混乱させてやるぜ」みたいに思いがちですが、実際アンケート用紙を渡されるとそんな気にもならず淡々と書いちゃうもんですね。われながら善良なというか、小市民というべきか。口頭とかで変に答えをひねる余地があるわけじゃなくて無味乾燥な筆記式のアンケートだからあんまりボケる気にならないというところはあるかとも思います。 …いやまあ、それなりの数を集めないといけない調査なんだからそういう方式になって当然なんですけど。

今日の長門日記 7月17日(水)


 昨夜に長門、今朝に雪風が出たのでもはや今日はどうでもよい。

今日の断絶日記 7月16日(火)


 カトゆー家断絶さん、ニュース更新を断絶す。

 まずはお疲れ様でした。 …正直、その日が来るとは夢にも思っていなかったので驚きました。なんというか、俺ニュースの時がミッドウェーで今、ついに大和沈没の時が来た、みたいな感慨というか。残っている人の誰が長門で誰が隼鷹で天城葛城伊勢日向榛名かはよくわかりませんが、まあ、うちはウェーク島とかメレヨン島守備隊といったところでしょう。多分。餓死するまでは、ええ、なんとか。

今日の神宮日記 7月15日(月)


 雨模様だったりだるかったりで2日ごろごろしていたものの、三連休どこにも出ないというのも悲しい話なので軽く出撃。目的地は伊勢方面。近鉄特急に乗ってGO。



 まずは松阪へ。なんか土日がお祭りだったらしく、祭りの後っぽい感じの脱力感が漂ってるようないないような… というか地方都市ってだいたいどこもいつもげふんげふん。そんな空気にかかわらず、通り沿いのガラス箱に格納されている本居宣長ロボ(ただの人形)はひたすら勉学に励んでいるのでした。 …しかし暑いだろうな、この中…



 というわけで松阪城へ。四五百森(よいほのもり)に築城された平山城。



 蒲生氏郷築城だけあって見事な総石垣。織豊系のよくまとまった石垣の城の常で、すごく絵になるような奇抜な構造とか過剰に技巧的な縄張りがあるわけではない、とも正直思います。部分部分を写真で切り取るよりは木とか切り払った全体像を遠景から見た図を想像した時にかっこいいタイプというか。



 本丸周縁部。こうやって曲輪の端に石垣がちょこっと飛び出てるのを見ると、わけもなく「ああ堅城だなあ」と思ってしまったり。実際多聞櫓になってるならそれは堅城以外の何物でもないですけどね。



 月見櫓、金の間櫓跡。



 天守台。天守は1644年に台風のため倒壊。なお、松阪は蒲生氏郷が会津に移った後は服部一忠、古田重勝が入り、古田氏が石見浜田に去って紀州藩領に。紀州藩の伊勢の城として城代が置かれました。伊勢の藤堂が伊賀にも城を持っていたり、このあたりの地域は特例っぽいのが多くて結構面白いなあと。まあ、近畿周辺とか何かあったら一番ややこしいエリアですからねえ。

 歴代城主の中では服部一忠が入っていたのに興味を引かれたりします。つまりは桶狭間の戦いで今川義元に槍をつけた服部小平太その人。結局義元の反撃を受けて負傷、首は助太刀に入った毛利新助(良勝)がとって、それ以降信長時代は名前を聞かないままフェードアウト。 …それが、気がつけば秀吉の馬廻りになって朝鮮にも出陣しているんですよね。それこそ信長草創期からの家臣でいながらずっと小身で、桶狭間から30年くらい経った小田原征伐の戦功としてやっと得た3万5千石。…しかもわずか4年後に秀次事件に連座して切腹になってしまうという。秀吉に仕えてからの10年余りの転変、本人の心境はいかばかりだったのでしょうか。毛利新助の方は本能寺の変で斃れているというのも加味すると、なおさら。



 天守台のこの石、ひょっとしたら石棺か何かの転用?



 場所によっては角の部分が妙に綺麗だったりしますが、積み直しでしょうか。



 城内に移築されている本居宣長旧宅「鈴屋」。床の間に吊るした鈴の音で執筆活動の疲れを癒した… とされていますが、実はこの鈴が常に命を狙われていた宣長の工夫による、刺客などの不審者に対する警報装置の役割を担っていたということは意外と知られていません。刺客を差し向けたのは… とまで書いたところで黒幕が誰とか思いつかなかったので断念。高校の教科書以上の知識あらへんねん、この人について。



 よく見たら鼻とか口とか残っている気がしますが、気にしないでおきましょう。



 松阪城はこれにて離脱。そのまま隣接する本居宣長ノ宮(祭神:本居宣長と平田篤胤)にも寄ってみる。





 鈴といってもこういう駅鈴まで持ってた、いわゆるコレクターだったみたいですね、宣長。 …敵に狙われるというよりは彼がコレクションしている古今東西数多の鈴を一度鳴らすと、とかそっちの方に話をふくらませたほうが色々できたか(できない)。





 確かに松阪神社と境内が一続きで混同されかねない立地ではありましたが、わざわざここまで声を大にせんでも。 …まあ、祭神が祭神だけに譲れないものがあるんでしょう、きっと。





 次は城下の御城番屋敷。武士の組屋敷が当時のまま住居として使用されている貴重な地区。非常に整然とした、閑静な町並みにしばしひた… ろうと思ったのに選挙カーが来て候補の人が演説おっぱじめたので少々残念な気分に。まあ、仕方ないですけどね。民主主義社会にとって選挙は一大イベントですし。たとえ地方の市会議員選挙でも。

 夏の声 セミも候補も 二週間



 御城番屋敷に移築された松坂城の米蔵。





 更に城下を歩く。本居宣長旧宅跡、つまりさっき見た鈴屋がもとあった敷地も保存されて… …って、敷地も保存するなら別に建物だけ城内に移さなくてもその場に残しておけばよい気がするのですが…



 ここらでお昼。せっかく松阪に来たんだから松阪牛食いたいなあ、と思って適当に入った店ですが、わりと有名っぽい。私にしてはものすごく珍しいことに順番待ちまでしてみたりしつつ(言っても10分程度)、さすがにステーキは値段的に一人旅の昼には激しかったのでハンバーグを。うむ、なかなか。







 …先ほど松阪は紀州藩領、と書きましたが、むしろ奈良の影響下にあったという証拠を見かけてしまいました。奴の眷属だよなあ、こいつら。どう見ても。時系列的には多分こっちのほうが先に出てるんだろうけど。



 その二つが両立するというのは実にすごいことだと思います。



 まこと、飲食業界はブラックであることよ。なお、本人との関係は不明。

 松阪からはこんなところで離脱。次は伊勢市に。目的は言うまでもなく伊勢神宮参拝。







 伊勢市駅前。今年は20年に1度の式年遷宮の年。神社の社殿だけじゃなくて駅前の関連施設や鳥居、果てはバス停や土産物屋なんかもこの機に新しくなっているようです。



 もちろん街中すべてが新しくなるというわけではなく、年季の入りまくった旅館や土産物屋も平然と入り乱れて残っているあたり、それはそれで不思議な光景。





 刃物屋「菊一文字本店」。菊一文字を冠する刃物屋は真首都の三条河原町にもあったりしますが、まあ、どこが本家だどこが元祖だとかそんなことは気にしないでおきましょう(ただしこの店は明治創業っぽい)。ダマスカス鋼文化包丁とかいう浪漫溢れる一品があったのでなんとなく。



 ご存知の通り伊勢神宮は外宮(豊受大神宮)と内宮(皇大神宮)で構成されています。結構離れているため内宮だけ参るということも観光だとあるようですが、別段急いでいるわけでもないのできちんと外宮から参拝。奥に見える新社殿はまだ囲いの中。



 お参り終って赤福氷で一服。さっぱりした甘みと餅の食感がたまらん。

 外宮から内宮へは直通バスが出ています。離れているといっても5km程度なので1時間あれば歩けないこともないですが、なにも7月のクソ暑い中やることでもなかろうとおとなしくバスで移動。 …しかし、乗車時間せいぜい15分程度なのに片道410円とか、結構ボッてるよなあ(笑)。



 「五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ。全力で提督を勝利に導くわ。宜しくね」。五十鈴ちゃんかわかわ。



 五十鈴ちゃんは意外と体温が低く、彼女から流れ出る液体に手を浸していると大変気持ちが良うございました。



 嫌がる五十鈴ちゃんに無理やりねじ込まれた硬貨。

 …しゃあないやん。時局に迎合してなにが悪いねん。



 ともあれ、20年に一度の機会ということもあってか人、人、人。そういえばつい最近読んだ「犬の伊勢参り」という本もなかなか面白かったのでした。新書で手軽なので興味のある方はぜひ。



 なかなか石がでかくて迫力のある石垣。





 本殿。実は伊勢神宮には一度来たことがあります。あれは何年前だっけ、とふと思い出してみたら、小学校の修学旅行だから19年前。ちょっと惜しい。まあ、当時の感想とかはほとんど覚えていないんですけど。やっぱり鳥羽水族館とか二見が浦とかのほうがインパクトがありましたし。



 経年以外は寸分たがわぬ建物が新旧すぐ横に並んで存在するという光景も、こういう時でないとなかなかないかもしれません。
 …しかし、「外の身体が老朽化したから新しい身体を準備して中身を乗り移らせ、それを繰り返すことで永遠の生を得ている」というふうに表現すると、よくある不死をうたうラスボスの一態様になってしまうようにも思いますが。



 罰が当たらないうちに神域から離脱。喉が渇いたので蒸し牡蠣とビールで一服。ってなんか今日は食べてばっかりだなあ。



 帰りは普通の特急の指定席が完売していたので、やむを得ずぜかましちゃん… もとい近鉄特急「しまかぜ」に。たかだか伊勢志摩と名古屋or大阪を結ぶだけにしては異様に豪華なこの列車、まさにレア艦娘の名前を冠するにふさわしいといっても過言ではないでしょう。 …艦じゃないけど。あとネーミングの由来からすると「島風」というか「志摩風」っぽいけど。



 なにしろ乗っただけでこんな記念証までもらえたりするんですから恐ろしやぜかましちゃん。特急料金に加えて乗車料金として800円も上乗せされるあたりコスト高いよぜかましちゃん! しかも経路の都合上大和八木で乗り換えだよぜかましちゃん!

 …いい加減しつこいのでこのへんにしておきましょう。というわけでこれで百名城も7割クリア。いよいよ日帰り攻略目標が3城くらいに絞られてきました。「あの城」は次の次に行きたいところだし、次はさて、どうするか。

 今回の旅行による日本百名城達成度 70/100