信じるモノは救われる
〜もしくは、信じなかったものに降りかかる災難に関する簡潔な報告〜
序章
いつも通り。いつも通り部室で飯を食っていると。
「聞いてくれ。俺は悟りを開いた」
……ガンッ!!
四時間目が体育だったおかげで空腹の俺は、普段の温厚さからは信じられない勢いで、その自称修行者に対して手近にあったハンマーを振り下ろし、再び弁当に向き直った。
「相変わらず容赦ないなぁ、京ちゃんは…」
なんて、隣で同じく飯を食っている春日つかさが苦笑している。
友人がハンマーで殴られても苦笑で済ませるところが彼らしい。が、
「人がのんびり穏やかな食事を楽しんでいるときに、騒々しく乱入してきてその平穏を乱すような奴には、それ相応の報復が保障されてるんだよ。知らないか? 故人曰く、食べ物の恨みは恐ろしい」
「それ、意味違うと思うんだけど…まあいいや。じゃあ、人がのんびり昼ごはんを食べているときに騒がしく暴れるような奴がいたらハンマーで殴っていいんだね?」
不穏な空気を感じる。気になって春日を見ると、なぜかハンマーを握っていた。しかも笑顔。
「どうして、君は笑顔でハンマーを握ってるのかな…? 食事中に暴れるのはよくないぞ?」
なぜハンマーが地歴部室にあるのかは聞かないでほしい。というかこの部室にないものはない。熱帯魚飼育用の水槽から、テレビ、スーファミ一式、野球のチームが編成できるだけの道具を始め各種ボール、竹刀。そのことごとくに生物部だの野球部だの書いてあるのはただの汚れであり、気にしてはいけない。するな。
なんて解説してるうちに、春日の手にあるハンマー(地学部と読めないこともない染みがある)が、大上段に構えられていた。
「いや、さっき京ちゃんがハンマー振ったときに、僕のカレーに埃が入ったんだよねー。食い物の恨みはハンマーで返していいんでしょ? ていうか今京ちゃん自身が暴れてたじゃん。そういうことで軽い報復だよ」
うわ、笑顔で怒っとる。こわっ!
サラサラで烏の濡れ羽色の髪、大きくてキュートな目、まるで折れそうに華奢な体格に髭や脛毛など生えたことがないどころか生えそろっているべきところにも毛がないのではないか、などと噂され、常に笑顔を絶やさないためしばしば女と間違えられる(それどころかつかさたんファンクラブが一部男子生徒の手によって結成されているらしい)この男、外見はそうでも実は相当アレな性格をしている。たとえば、つかさたんハァハァとかいった瞬間に消火器が飛んできたり、かわいい、などといわれた瞬間に笑顔で木刀を構えたり。その恥じらいを含んだ笑顔の裏にある本音を読み取れるのは、中学入学以来の付き合いであるところの俺を始め極少数にとどまっているのだが。
今日はそれどころではないバカが現れたせいで、彼の怒りに気づかなかったようだ。
とっさに身の危険を感じて急回避。もちろん弁当の保護は忘れずに。身を沈めた数瞬後、ハンマーがコンクリートの壁を抉ったかのような、おそらく火花が飛び散ってるんであろうなあという轟音とともにペンキの粉だのちょっと前まで壁を構成していたと思われる砂利だの棚の上に放置してあった十年以上前の時刻表(これにもご丁寧に「図書室」のはんこの上に「地歴部蔵」とでかでかと捺してある)だのなんだかよくわからないガラクタだのが頭の上に降り注ぐ。うわ、この人本気だよ。かわいい顔してめちゃくちゃやる、とか言ったら多分余計暴れだすのでそれは言わない。先にハンマーで人を殴ったのは誰か、ということも言ってはいけない。つまりは、ここは回避しかない。
だがしかし、やられっぱなしでは腹の虫が収まらないのである。春日を純情可憐と思っている一般人はともかく、彼の本性を熟知している俺は、彼が突然暴れだしても動じないようになっている。反撃に出て勝利するか、引き分けてうやむやにするのが上策。そう判断した。
「…泣かすぞお前?」
「さすが京ちゃんだねぇ。他の人なら何で怒ってるの、とかおどおどしながら聞いてくるのに」
なーんていいながらすでに傍らにあった一メートルの鉄定規を青眼に構える俺。対する春日は既にリーチの短いハンマーを投げ捨て、転がっていた傘を脇構え。かくして東山三十六峰たちまち起こる剣戟の響き。そういえばなんで東山なんだろう。
「ちわーす……あ、先輩方、今日はチャンバラですか? どうでもいいけど、後はしっかり片付けてくださいねー」
…後輩すらこれぐらいの奇行では構ってくれないことに現代都会人の冷たさを嘆きつつ、その日も俺は食後の運動に精を出したのであった。
気がつけば自称修行者はいなくなっていた。
翌日。俺こと吉川京一が毎日のごとく、始業前に地歴部室に向かうと、これまた毎日のごとく既に数人の部員たちが中でだべっていた。ただ、一点違うとすれば…
「おい、長谷部のアホは一体何をしてるんだ? 壁のほうを向いて座禅組んで。ひょっとして集団で陰湿で現代的ないじめでもしたか? 個人で陽気で前近代的ないじめでも別にいいけど。というかむしろそれは見てみたい」
手近でトランプなぞしていた後輩の河原和美に聞いてみる。彼女は、トレードマークの触覚を揺らせながら答えてきた。
「いえ…なんだか、『コンクリートを通じて大地と対話する』だそうです…私が来る前からあんな感じでしたよ」
突っ込んではもらえなかったのが少し悲しい。後輩の女の子に突っ込みを期待する自分がなお悲しい。
それはさておき、昨日なんか変なことをいいながら俺のハンマーの方に突っ込んできた(俺主観)長谷部は、昨日に引き続きなんだか変であるようだ。奴の長身がなんだか普段より低く見えるのは、ズボンの尻が汚れるのにも構わずコンクリートの床に座って座禅を組んでいるからだとようやく理解。
「おはよう…って長谷部はまたなんかやってるの?」
「よ、春日……まー、なんだ。長谷部が常軌を逸してるけどまあ奴だからやっても不思議ではないなぁ的行動をしている。まあ十分にアレなわけだが、長谷部なんで受忍限度内だ」
つまり、普段から変なので放っておけ、ということである。
「君がそれを言うかなぁ…そういえば、昨日なんか言ってたね、長谷部…なにやってんの?」
春日にはこれだけ適当に説明しても意味が通じるのが素晴らしい。さすがだ。つかさたんハァハァ。
ここでやっと、長谷部がこちらを向いた。首が先にこっちを向いて、それに体がついてきたような気がしたが気にしないほうが賢明なんだろう多分。
「ゲルリッヒだ」
「………は?」
訂正。何かがこっちを向いてない。ほら、面と向かって会話してるのに目だけは見えない何かを追い求める人のような。いや、目にはしっかり力がこもってて余計に怖いのだが。
「昨日のことを忘れたわけではあるまい。私は悟りを開いたのだ。確かにこの私の名は長谷部和紀にすぎない。だが、それは一部なのだよ。もっと大きな私、俗な言葉で言えば魂の名はゲルリッヒ・ゲステトナーだ。大いなる人の一部分をそのちっぽけな視点から見上げて「足がある」と近視眼的な指摘をする小人のごとき認識を君が持つのはかまわないが、世の中には君の視点からだけでは把握しきれないことがあるということも忘れないように。というわけでこれからは私をゲルリッヒと呼びたまえ」
一瞬静まり返る部室。そして。
「…どうしてドイツ風なんですか…? やっぱり世界一だから…?」
なんかずれた河原の質問を引き金に起こる爆笑。さぞかし部室の外の人が聞いたら不気味なことだろう。
「何もいわずにじっとしてると思ったらこれを狙ってたのか。普段あまりしゃべらないのに京ちゃん並に変なことをまくし立てたねー。これ、昨日から考えてたの?」
「壮大なネタだなー。ま、それに見合って面白かったことは面白かったけど」
その場にいた全員が思い思いのコメントを返す中、当の長谷部、いや自称ゲルリッヒか、は真面目くさった顔をしてコメントを聞いている。う、そこまで細かい演出をしなくても…
「おはよー…みんな朝っぱらから元気だねー。なんかおもしろいことでもあったの? 校長失踪とか」
なんかめちゃくちゃなことをいいながら、高山憲子が部室に入ってくる。しかもベルのなる二分ほど前。
いつものことだがこいつ、なぜ教室に直行しないんだ…?
「あ、もうこんな時間か。そろそろ行くか」
「人を始業ベル扱いしないでよねー。今日はたまたまなんだから。で、なにがあったの?」
「たまたまは一月持続しない。どうでもいいけど。で、何があったかというと長谷部が悟りを開いてゲルリッヒを名乗るそうだ」
はしょりすぎた気がするが、何が言いたいかは伝わったらしい。
「長谷部君、悟りを開いたの? 何を悟ったのその教えは広めるの? 現世利益になるんだったら私入信しちゃうよ教祖様! そうしたら第一幹部にしてよね?」
…この女、この常に本気か疑わしい言動さえ何とかすれば顔はまともなのだが。さすが他称・調子憲子。ちょうしのりこ。
「うむ、どっかの小人物と違って高山は真理に近いな。だが今は時ではないのだよ。いずれ満ちる時を待つのだ! 我が内にある理が体現するその時を?」
「…京ちゃん、行こうか…」
「ああ…」
付き合いきれなくなった俺と春日がさっさと教室に向かってからも、しばらくの間部室から哄笑が途絶えることはなかった…巡回に来た教師がキレるまで。
思えばこの時、彼は決して「真面目くさって」はいなかったのだった…
いつも通りのはずの日常が、冗談が変質しかけた瞬間。
そのことの意味を知るのはまだ先の話、そして今となっては苦い過去の話。
第一章
夢。
夢を見ている。
毎日見る夢。
終わりのない夢。
「京一くん、そろそろ起きたら? 授業終わったよー。ねえ、起きなよー」
「授業が終わったなら何を眠ることを躊躇うことがあろうか、いや、ない。君何ぞ我を起こさんとするや。お休み」
「あれ? 石川さん、どうしたの?」
「春日くん…京一くんがまた睡眠学習から帰ってこないの…」
「あー。またか…こうなったらいつものを使わないと起きないよ? 石川さんもやってみたら?」
「…え…わ、私は遠慮しとくよ…」
いつものってなんやねん。胡蝶となって実は今の自分こそが実であり学校の机の上で漢文の授業を聞いている自分は夢ではないかなどと考えている頭の片隅でぼんやり考える。
いつもの。とある有名(クソ)ゲームのキーアイテムでもあるまいし正確な名があるのだろう。それは…
的確にこめかみを狙う英和辞典のフルスイング。うむ、確かに慣れ親しんだ風切音。まさにいつもの。慣れ親しんだ回避動作。慣れ親しんだ牽制反撃。連動して覚醒する頭。いや、ちゃんと授業を聞いていたわけであるからして覚醒はしていたと強く主張するが。 ほんとですよ? 言動が矛盾してる? やだなぁいつものことじゃないですか。
「あ、起きた起きた。おはよう京ちゃん。さっさと部室に行こう。今日は月曜日だよ」
深い深い思考のマリアナ海溝を探査しているうちに授業は終わったと見え、隣のクラスのはずの春日が目の前にいる。そして典型的に文学少女をやってそうな気弱な眼鏡っ子も。
この三つ編みは理系だが。しかし理系の癖にジャーナリストを志望していて、新聞部なんぞの部長をしていたりもするあたりは文学少女かもしれない。
一体文学少女なのか理系マッド眼鏡なのかはっきりしろと言いたいが、多分言ったら非常におろおろすると思うので誰もその件に関しては触れない。そういう奴である。
それはさておき、毎度のことで、しかも毎度不本意な結果に終わるとはいえ、一応言われなき中傷に対しては反論をば。
「いや、起きてたぞ? もう漢文の授業中頭はフル回転。その様たるや熱暴走寸前のCPU。ほら、今も音を立ててブンブンと」
「フリーズしてたんじゃないか…ねえ、石川さん?」
「うん…京一くんは睡眠学習得意だからねぇ…授業は聞いてたかも…」
寝てないとは言わないのか石川優。いくら俺が人からいつも眠たそうだの、開いてるのか開いてないのかわからない糸目だの、こいつ普段は目を閉じていて、本気を出したときだけ目を開けるぞきっとなんていわれているとしても、よってたかって居眠り野郎扱いはひどすぎる。大体最後のはなんだ。俺は乙女座の黄金聖闘士か。
だが、授業の内容は聞いてたんだから寝ていたはずがないじゃないか。自信満々で今日の授業の内容を暗誦し、潔白を主張する。これならこいつらもぐうの音も出まい。
「いや、だから寝てないって。武田の授業(漢文です)の内容は一言一句記憶してるぞ?
風蕭蕭兮易水寒
壮士一去兮不復還。」
「じゃあ、今日武田先生が黒板に描いた解説図、覚えてる? ほら、へたうま系早分かり史記勢力図・始皇帝暗殺編」
なんちゅうものを書いとるんだ、漢文教師武田。
うむ、確かに奴が「その時、始皇帝の身を狙う刺客にとんでもないことが! 」だの、「秦王覚悟ぐっさー?」だの、謎のハイテンションでストーリーを語るナイスな語り口は覚えてるのだが。だが。
「………あれ?」
映像記録の方は、前の授業の数学の公式を眺めていた時点で突然ブラックアウトしていた。
「やっぱり…」
いや、そんな哀れむような目で見られても。
「睡眠学習では黒板は見れないもんねえ。うちのクラスでも書いてたけど、久しぶりに傑作だったよ、今日の解説図。いやぁ残念だなぁ。」
「くっ…思索の泥沼に引きずり込まれ、千載一遇の好機を逃したか…今度からはもう少し自己の内面を突き詰めることに拘泥せず、視野を広く持とうと心に誓ったぞ。たとえそれでこの山よりも深い俺の知性が有明海並みの浅瀬に成り果てても、それはここにいる石川の讒言によるものだから俺無罪。ああ、こうして俺は浅薄な大人へと人格改造されましたとさ」
「私、何もしてないのに…」
恨みがましい目でこっちを見てくる石川は無視して、春日と会話。
「……しかし、そんなに面白かったのか?」
「あ、ノートに写したけど読む?」
落書きまで写しとんのか、恐るべし春日。さすが日常に起こるどうでもいいことをすべてネタ帳にメモする男。
「…いつも思うんだが、何でお前はそんなにネタを克明に収集するんだ…?」
「いやあ、創作活動には幅広くて高いアンテナが必須だからねぇ。オリジナル小説サークル初の外周を目指す身としては当然のたしなみだよ」
何のことだかわからないが、多分聞かないほうが幸せだとは思う。
「それより、早く部活行こうよ。ゲルリッヒたちはもう行ってるよ」
ゲルリッヒ…?
「あの名前、定着しつつあるのか…」
「まあ本人が呼べって言ってるしねー。そのうち飽きたら戻るんじゃない?」
「それもそうか。よし、じゃあさっさと行くか。ではさらばだ石川。この屈辱は必ず返す」
「私、悪くないのに…」
なぜかまだ半泣きでブツブツ言っている石川を尻目に、われわれは部室へ急いだ。
地歴部は月水土が活動日である。活動日以外でも部室に皆がたむろしているため、この時期−文化祭も終わった11月中旬には果たして火木金との差は一体何があるのかなどと世間では評判だが、侮ることなかれ。月水金は活動場所として社会科教室を使えるのである。
そこで何をしてるかといえばいつものようにトランプだったり、無駄話だったり、実験活動だったり、なんだかわからない活動だったりするのは地歴部が我が校の光画部、などといわれる所以である。
残念ながら部長はアンドロイドではない。ネジが外れている、などとはよく言われているようだが。
まったく、こんな頭脳明晰な少年を捕まえてひどい話である…お前か。
あと卒業したはずなのに三日に一度は顔を出す先輩とかいるのであながち否定できないのも悲しい。
「ちわーっす」
「あ、先輩こんにちはー」
「あ、京ちゃん」
こちらを振り向き、口々に挨拶する部員たち。既にトランプが始まっているようである。別の机では、教室を出た後に途中で別れて一足先に来ていた春日と、後輩の大崎森羅が何事か熱く激論している。
「いや、僕は彼は攻めだと思うんだよ。ほら、あの性格とか考えるとさ」
「えー受けじゃないですか? ほら、3巻の最後のところとか、誘い受けの気配がありありじゃないですか。それがまたいいんですよねー」
……ごく健全なはずの少年誌(今日発売)を間に挟んで、何を議論しとるんだ奴らは…大崎にいたってはポニーテールを振り乱して拳を握り締めとる…お嬢の癖に…
付き合いきれないのでトランプのほうの輪に入る。
「ゲルリッヒ、ふんぞり返ってるな邪魔だどけ」
「むう。仕方あるまい、どいてくれてやろう」
「あ、ゲルリッヒって言う呼び名広がってるんですねー。でもちょっと呼びにくいですよ…そうだ、ゲルさんとか縮めて呼んでいいですか?」
「河原…それは勘弁してくれい」
朝の様子からして本格的にどこか壊れたかと思ったが、なんのことはない。長谷部の呼称がゲルリッヒに変わった以外、特に変わったこともなくその日の地歴部大富豪リーグ・第二十八節は過ぎていった。
ちなみに俺は四位だった。
それから数日間はゲルリッヒが時たま
「我は悟っている!」
だの
「宇宙の真理によると」
などという言動を口走る以外はごく何もかわらない平和な日常が続いた。
どっかのバカが体育に遅れそうになって二階から飛び降り、見事に足を折ってみたり(こっちのほうが早い、などと口走りながら階段へ急ぐ連中を尻目に飛び降りたらしい)、わが校のKGBと噂される非公式新聞部が校内で起こったとある窃盗事件の犯人を実名報道して生徒指導と論戦を起こしたりしていたようだが、そんなことは日常茶飯事、一月に三件くらいは必ず起こることなので特筆することもあるまい。
こんな学校が進学校として扱われていいのか、それは本学の学生ですら疑問に思っているところである。
そしてまたいつも通り。部室で昼食。ただし家庭内上層部との意見不一致により本日は菓子パン二つonly。
部屋の掃除をしろしないの口論だけで食糧途絶に踏み切る我が一親等女性尊属に対し、人道に反する罪でしかるべくところに訴えを起こしたい気は山々だが、そんなことをするとさらに経済封鎖までされてしまいかねないので自重。
「部屋住みの身はつらいなあ」
「またなんかしたの? いつものことだけど。いつまでたっても反抗期だねぇ京ちゃん」
「都市居住空間におけるエントロピーの増大とその人為的収束の是非についての白熱した議論の結果だ。純粋な学問的見地の衝突だからして俺はそんなに素直じゃないことはありません」
「…や、意味がよく」
「訳すと、掃除しろしないで母親と喧嘩した、かな?」
などと、春日&高山と心温まるトークを交わしながら心が涼しくなる粗食を食んでいると。
ガラガラッ!!
「修行の道とは、遠く険しいものだ! 寸暇を惜しめ蒙昧なる衆生よ! …む、吉川お主、節食行を始めるとはいい心がけだ。感心感心」
思わず近くにあった硬球を投げつける。む、直球ど真ん中。時速百三十キロは出たな。死球を受けて一塁へと去っていくゲルリッヒを想像して、再びパンにかじりつこうとしたのだが。
「甘いわ!!」
一拍遅れて金属音。そして硬球が床に転がる音。
「…なに?」
ありえない。
「フフフフフ…これが、厳しい修行の末に人の次の次元へと達した我が、自ら開発した秘密法具を操ったときの力だ! うろたえろ凡人よ! 我が法力の前には貴様の単純暴力など無・力!」
「時たまあらぬ方向を向いて座禅組んでるフリをするだけでそんなわけのわからない力がついてたまるか! 大体…秘密法具?」
「ねえ、その手に持ってる…延長コード? どうしたのよ」
マクロな視点で見ると、それは確かに延長コードだった。プラグがあって、コードが延びていて、タップがついていて。
問題はそのタップにびっしりと、まるで耳なし芳一のようになんだかよくわからない文字だか記号だか模様だか汚れだかが書き込んであることで。
「いいなあこれ。どこで買ったんだい? ハ○ズのパーティー用品売り場にでも売ってる?」
「ていうか電化製品に落書きしたら秘密法具ができるのか?」
皆の好奇の視線というか、珍奇の視線というか、何かかわいそうな人を見るような視線にも動じず、ゲルリッヒは胸をそらす。
「我自身がより高みへ上り、また迷える子羊たちを我が座に引き上げるための一助として作るべし、と昨夜啓示を受けたのだ。ああ、貴様のような救いがたいものにはその恵みを与える気は一切ないから安心しろ。というわけで、目の前で偉大なる者がより高みへと着実に登る様を見てひれ伏すがよい」
「いや、延長コードで高みに登る方法なんかわっかにして首入れて重力に身を任せるくらいしか思いつかないから断固として遠慮したいのだが…」
俺の呟きなど無視して、修行者は部室に上がりこんでくる。
そしてコンセントの前で直立不動。着座。プラグを差し込んで。
タップを頭に載せ、瞑想し始めた。
「………なに、やってんの……?」
「雷電の力を吸収するのだよ。この法具の受信側に刻んだ経文が、普通なら流れ込んでこないはずの電流を自然な形で体内に取り込めるように変換放出するのだ。不可視の力の中で雷電は最も身近で言い換えれば次元の低いものだが、その取り込みやすさに関する利便性に関しては私も肯定にやぶさかではないのだよ。現にほら、学校の休み時間にでも手軽に修行できる」
「…手軽な修行って…」
「多分、突っ込んだら負けだと思うよ…」
春日と俺が呆れているのを尻目に。
「ふーん、そうなんだー。試してみていい?」
またこの調子憲子は。
「……あー、肩こりに効くかも」
そんなばかな。
「やはり高山は素質があるなあ。どうだ? お布施百円でその秘密法具を譲ってやろう」
…もう、好きにしてほしいと思った。
以下続く
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