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※なお、以下の内容は全てこじつけであり、実際にゲームのキャラ名が軍事ネタに由来しているというわけではありません。詳細説明については駄文置き場トップを参照してください。

 第二十五回(2005.5.11)
脅迫2にみる帝國海軍



ネタ要目


タイトル:脅迫2〜傷に咲く花 鮮血の紅〜
発売日:05.4.28
メーカー:アイル
総プレイ時間:4時間程度
傾向:脅迫陵辱アドベンチャー
お気に入り:明姫咲
評価:A-

 陵辱ゲーの古典、「脅迫」の続編。陵辱されるヒロインの視点で進むのは前作と変わらず、今回の主人公は金髪ツインテールのツンデレ系。

 ええっと…シナリオ?ああ、「客観的に見てかなりどーでもいい理由からヒロインが陵辱されまくり、行きがかり上親姉妹友人を巻き込んで堕ちていく話」。以上。まあ、陵辱ゲーなんでストーリーとか割とどうでもいいですよね?
 とはいえ巻き込まれたヒロインの友人の「じゃあ、私たちが巻き込まれたのは、偶然…?」という台詞にはなんか凄い哀愁がありましたが。
 あと各エンディングのヒロインの心の壊れっぷりとかがそのもう、大好きです。そこに至るまでのヒロインが堕落していく描写もさすがといえましょう。
 で、その肝心のHシーン。ええと、その、心の中に潜む邪悪を満たしてくれるだけのバリエーションとマニヤックさがありました。詳しく書くと人格を疑われる(もう遅い)ので何も言いませんが、陵辱ゲー好きは押さえておくべきでしょう。邪悪邪悪。白眼とかビー玉眼とか言葉になってない絶叫とか好きな人は是非。
 …いや、毎日毎日そんなことばっか考えてるわけじゃないですよ?

 CG。リバ原絵大好き。上述どおりステキなシチュエーション多数。ふっはあ。

 システムとかもアイルなんで一度越したらヒント機能があったりと親切でサクサク進みます。未来の髪型回収はちょっと面倒だけど。

 お気に入りは明姫咲。ヒロインの金髪ツインテール。なんかもう大変な目にあってて素敵。

 総合評価は上の下。陵辱ゲーとしては最高級評価。さすが、どっかの少年の邪悪な心を目覚めさせたゲームの続編ではあるふふふ。
 元より邪悪だったろうっていうな。





 脅迫2と帝國海軍

・駆逐艦菖蒲 森崎あやめ  

 森崎あやめ。咲の友人。他の巻き込まれる人たちとは一線を画する立ち位置…まあ、どうせ巻き込まれるんですけど。

 駆逐艦菖蒲は空帝戦騎、花咲くオトメのための嬉遊曲で既出。後の「若竹」型駆逐艦「早苗」の予定艦名。

・特設水雷砲艦飛鳥 秋山明日香

 秋山明日香。前作のヒロインっつか主犠牲者にして、今回の巻き込まれ要員(前回でもでしたが)未来の姉。あのあとハッピーエンドで婚約にまでこぎつけたのに、結局とあるルートを通ると何の脈絡もなく犠牲に…な〜む〜。

 特設水雷砲艦のほうはマイナーな艦なのにこのコーナーでは常連ですね。IZUMO2、パルフェで既出の元中華民国籍の艦です。

・駆逐艦櫻(初代、二代) 秋山桜

 秋山桜。未来、明日香の母親。いつも和服の美人小母様。前作の巻き込まれ要員。今回も何の因果かチラッと巻き込まれます。いやー、正直予想外。

 駆逐艦櫻はFateで既出。初代は第一次世界大戦時の戦時急造駆逐艦「樺」型の原型。二代は太平洋戦争末期の丁型駆逐艦。44年11月末に竣工し、45年7月に沈没した短命艦でした。

・軽巡洋艦阿武隈 アブクマ  

 アブクマ。下の名不詳の男性キャラ。…つまりは、「邪悪の化身」二号か三号ということです(笑)。

 軽巡洋艦阿武隈。5500t級軽巡の一隻で、「長良」型の最終艦。演習中に「北上」と衝突した際の復旧工事で艦首がダブル・カーベチュア型艦首になっていたりする点が、同型各艦とは違う特徴です。開戦時には若干旧式化していましたが、巡洋艦戦力の中核として真珠湾、インド洋と南雲機動部隊の一員として転戦、以後は大湊を拠点に北方戦域にありました。
 そして、「太平洋戦争最大の奇跡」として映画にまでなったキスカ撤退作戦。「阿武隈」は旗艦としてこの作戦に参加、濃霧をうまく味方につけた木村少将の指揮下、5183名の陸軍将兵を無事収容し、一人の犠牲者も出さずに本土に帰投。米軍はこの撤退をまったく察知できず、撤退から三日後以降の上陸作戦では無人のキスカ島に物凄い量の砲弾を撃ち込み、挙句の果てには同士討ちまで起こしています。
 その後の「阿武隈」はスリガオ海峡部隊に配属されレイテ海戦に参加、米魚雷艇の攻撃を受け脱落、離脱しているところをミンダナオ海でB-24爆撃機約30機に捕まり、爆撃を受け沈没しました。

・海防艦三宅 三宅

 三宅。変態体育教師。邪悪の化身四号ですが、なんと前作からの出演だったりします。

 海防艦三宅。「御蔵」型海防艦。北方仕様な上建造工程が複雑な「択捉」型の工数を削減し、武装を変更した型。それでもまだ簡易化の余地はあったようで、後に更なる簡易型の「鵜来」型なんかが建造されています。簡易化とかを急いだあまりか、「御蔵」型と「日振」型と「鵜来」型の分類に関しては混乱があったりしますが。
「三宅」は43年11月に竣工し、船団護衛任務に従事。終戦まで生き延びるものの、戦後8月21日に門司港で触雷、大破。それでもなんとか復旧できたらしく、復員船として活動した後48年に解体されました。