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※なお、以下の内容は全てこじつけであり、実際にゲームのキャラ名が軍事ネタに由来しているというわけではありません。詳細説明については駄文置き場トップを参照してください。

 第十八回(2005.2.17)
巫女舞にみる帝國海軍



ネタ要目


タイトル:巫女舞
発売日:2004.11.26
メーカー:etude
総プレイ時間:2×5弱
傾向:巫女
お気に入り:橘琥珀
評価:B-

 故郷への鉄道が廃線になる夏、懐かしさから訪れたその故郷でひょんなことから神社に居候することになって田舎の神社なのに妙にいっぱいいる上にみんな一癖ふた癖ある巫女さんたちと仲良くなるお話+前世からの因縁とかのお話。
 …あれ?解説、終わり…?

 …ということで、全体的にあっさりしすぎかなあ、という気がす。現代の各ヒロイン、既読スキップ使えば一時間でクリアできてしまうのはちょっと、ねえ。巫女ゲーは超まったりか超はったり(が効いた展開全開)かの二者択一だと楽しくなるのですが、いかんせんこのプレイ時間では。で、前半短すぎるが故に飛鳥編でもあまりインパクトがなく。というか飛鳥編自体も一時間半ほどで終わっちゃいますし、四人分の因縁を回収しつつ浅緋の話を進めるのでかなり駆け足というか無理があると思います。
 というか、タイトルにもなってるはずの巫女舞、ぶっちゃけ過去とあんまり関係が…ない…?巫女定番の一枚絵のためにとってつけたような…?
 まあ、この前までやってたのがおとボクや東鳩2みたいなプレイ時間・密度ともにかなり濃いゲームだったことや、この前二次元界で田舎に行ったのが同じダム建設絡みの話でも逆に激しすぎる雛見沢村だ、という点で余計物足りなく思えている可能性はありますが。

 CGとか音楽とか。音楽はゆったりめ、CGはほっそりとした感じ。どちらも巫女さんとか田舎の情景にはマッチしてると思います。そこのところは問題なし。

 萌えキャラ。橘琥珀。巫女四人のうちのクール担当、剣担当。若干ツンデレ傾向もありますな。

 総合評価は中の下。物語の骨格部分は王道なんで、もう少しボリュームがあったらちょっとは変わったかもしれませんが、いかんせんこれでは物足りなすぎて王道というか陳腐側に傾いてしまっています。巫女補正で下にはなりませんが。それが私の悲しい性。





 巫女舞と帝國海軍

・戦艦朝日 浅緋  

 浅緋。古代宮合の領主にして巫女さん。身分のない平等な村を作ろう、という理想を持っているわけですが、どうも理想に走りすぎて暴走傾向かと…リ○ーナ様ですか。

 戦艦朝日。日露戦争当時の世界最強戦艦の一隻。同型「初瀬」「三笠」とともに、第二期拡張計画で英国にて建造されました。「朝日」「初瀬」は第一期計画の「敷島」とともに、その前に建造された「富士」型に準じた設計でしたが、装甲板の発達(ニッケル合金使用)により「富士」の半分の厚さの装甲で同等以上の防御力を持つ、本家本元の英海軍ですら保有していないほどの最新鋭艦でした(三笠にいたってはさらに進化したクルップ鋼を使用)。
 日露戦争での活躍はいうまでもありませんね。その後、第一次大戦に従事後、海防艦に格下げ。そして、ワシントン条約で練習特務艦へと変更されますが、この間に潜水艦救難設備や工作設備を装備、1938年に工作艦へと転籍し、「明石」が完成するまでの短期間、日本海軍唯一の工作艦として重宝されました。
 太平洋戦争でも南方に進出し、1942年5月に米潜水艦「サーモン」の雷撃により南シナ海で撃沈されました。日露戦争からの生き残り艦は装甲巡洋艦を中心に結構な数がいますが、大半が練習任務に従事していた(「常盤」とか中国戦線の「出雲」とか例外もいますが)中、さすがに第一線ではないものの南方へ出撃して、戦場で散った老艦は珍しいのではないでしょうか。


駆逐艦橘 橘琥珀  

 橘琥珀。現代編四人の巫女さんで一番クールでツンデレなお方。

 駆逐艦橘は君が望む永遠SFDで既出。太平洋戦争末期に量産された護衛駆逐艦です。1945年7月14、15日の「青函連絡船が死んだ日」に函館湾で沈没。


駆逐艦茜 大澤茜  

 大澤茜。現代編四人の巫女さんの会計担当。夏希曰くの銭マスター。兼業で駄菓子屋もやってます。

 駆逐艦茜も君のぞSFDでしたか。「松」「橘」両型で予定艦名になったものの、実際には計画中止になっています。


駆逐艦楠(初代、二代) 楠木葉造

 楠木葉造。飛鳥編の主人公というか重要人物というか。歴史改変前の主人公、というのが正しいのかなあ。

 駆逐艦楠。初代は第一次大戦時の急造駆逐艦、「樺」型。前に「榊」の項で触れましたが、「樺」「桐」を除く全艦、第二特務艦隊を編成して地中海方面へ進出、船団護衛に従事しています。「楠」も地中海にて船団護衛に従事した後、1932年に同型各艦と同時に除籍されました。

 二代は太平洋戦争末期の「橘」型駆逐艦。45年4月28日という最末期に竣工し、無傷で終戦を迎えます。復員船として内地引揚げに従事した後、賠償艦としてイギリスに引き渡し後解体され、その生涯を終えました。


水上機母艦若宮、海防艦若宮 若宮湖(地名)

 若宮湖。「若宮」という言葉の(あまりよくないというか)意味も含め、琥珀編の鍵になる湖。

 水上機母艦若宮は日本海軍初の航空母艦。もっとも、水上機母艦って既に言ってますが別に飛行甲板とかあるわけではなく、単に分類上水上機母艦と航空母艦が当時分かれていなかっただけですが。元は日露戦争時にウラジオストックに戦時禁制品を密輸しようとして拿捕された英商船「レシントン」。海軍は当初、そのまま運送船「若宮丸」として使用していましたが、1913年に水上機搭載設備を付与され、第一次世界大戦にファルマン式水上機4機を搭載して参加しました。1915年に二等海防艦「若宮」に改名、そして1920年には新設された航空母艦に類別されます(いわゆる空母と水母が分離したのは1934年)。その後、本格的な空母「鳳翔」の完成に伴い再び運送艦に転籍、1931年に除籍されました。

 海防艦のほうの若宮は「択捉」型。精巧すぎる「占守」型の簡略型として、約二割の工程削減に成功しましたが、それでもこの種の艦としてはまだまだ複雑な上、もともと北洋での漁業警備艦として設計されていたため対空・対潜能力には不満が残る失敗策となってしまいました。
 「若宮」は1943年8月10日に竣工、船団護衛に従事しますが11月20日、米潜水艦「ガジョン」の雷撃により艦齢わずか3ヶ月弱で沈没してしまいました。